本当に大切だとおもう“モノ”

えっと・・・初めまして。こんにちは。セルジュです。お父さんの子供の双子の妹です。なんかちょっぴり長い説明です・・・。
この名前、お父さんが名付けてくれたんですよね。サンチョから耳に胼胝(たこ)が出来るくらい聞いてます。セルジュという名前、とても気に入ってます。可愛らしくて自分にあってるかはわからないのですが。
これから、なんですよね。実感わきません。
よくわからないです。今この気持ちをどう表せばいいのか。
誰に訊いてもとんと見当がつかないです。
わたしにもクロスお兄ちゃんにも手が遠くて、そのことに何度も二人で頭を抱えてきました。
“親”という存在。やっとこれからお父さんに会える。
そう思っても・・・嬉しいけど、ワクワクするけど、でも不安です。
お父さんは、一体どんな人なん――
 
「おーい!セルジュー!何やってるの?寝れない?」
「わっ」
 わわっ。危ない危ない。もうすぐで墨が手や紙にべっとりつくところでした。
「あっと、ごめん。邪魔しちゃった?」
「ううん。大丈夫」
 わたしには双子のお兄ちゃんがいます。今目の前にいるクロスお兄ちゃん。ちょっと元気すぎて悪戯が好き。
 そしてきっと誰も信じられないだろうけど、世界を救う勇者でもあります。
 ――え?信じられない?あ、やっぱりですか。まあ、そうかもしれないですね。小さい頃から知っている、もう物心ついた時から勇者のレッテルがお兄ちゃんにあったわたしでさえも時々疑ってしまいますからね。
 でも勇者の剣を鞘から抜くことの出来るのはお兄ちゃんだけです。双子の妹であるわたしにも勇者の剣はまず持てません。鉄以上の物に感じられる・・・それくらいの重量が勇者以外には感じられるんです。勇者にとっては本当に大したことない軽さなのでしょう。ひょいと持ってあげちゃうんですから。
「それにしてもお兄ちゃん、どうしたの?寝たんじゃなかったの?」
 お兄ちゃんはちょっと眠たそうに目を擦ってます。
「ん。眠いけどさ。でも寝れないんだ」
 照れ笑いしながらお兄ちゃんがそう言いました。
「お兄ちゃんも?実はわたしも」
 だからこうやって手紙を書いて自分の気持ちを出してから寝ようとしてるんです。
 別に船の上だからとかそんななんかじゃないですよ。酔うとかじゃないですよ。
 明日・・・なんです。6年間待って、やっと明日なんです。
 え?なにがってですか?
 もちろん、お父さんに会う日です。
 別にお父さんが長期出張しててとかいう話じゃありませんよ。
 そんなんじゃなくて。
「セルジュは几帳面っていうか、なんかこういうところ抜け目ないよな」
「え?そうかな?」
「そうそ。寝るための工夫なんてさー。大体考えないって。ふつーは」
「それはお兄ちゃんの感覚でしょ」
 お兄ちゃんは結構ずぼらというかひょうきんというか気軽明朗というか、頭を使うことよりも悪戯が好き。城でも悪戯のことばっかりに頭を働かして、こういう考えなきゃいけないコトになるとてんで駄目なんです。
 ね?勇者に見えないでしょう?でも伝説で語り継がれている勇者様です。これは本当なんですよ。
「ちょっと読んでいい?」
 ぺらりとわたしが書いた手紙をお兄ちゃんが手に取ります。
「ああ、駄目!見ちゃ駄目!」
 お兄ちゃんが読み始めようとしていた手紙を迅速の速さで剥(は)いで、さっと自分の陰に隠しました。
「ちぇっ。いいじゃんかー」
「だーめ!こういうのは自分だけに留めるの」
「じゃあなんで手紙書いてるのさー。お父さんに見せるんじゃないの?」
 言われてからはっとしました。確かにそうかもしれない。
 でも、そうじゃない。気がする。なんて言うんでしょう。
 わたしが考え込んでいると、お兄ちゃんは「ま、いっか」と言いました。
「セルジュ。さっさと寝たほうがいいよ。明日の朝には着くんだ。早く寝て明日に備えたほうがよっぽど賢いぞ」
 じゃおやすみと最後に一言、ささっとあっという間にお兄ちゃんは去っていきました。
 何しに来たんだろ。
 わたしは呆けたようにしばらくお兄ちゃんが消えたほうを見てましたが、つい失笑してしまいました。
 お兄ちゃんの優しさを感じちゃいました。
 返答に困っているから、多分お兄ちゃんはああいう風に言ってくれたんですよね。
 ・・・ふぅ。
 なんだか眠くなっちゃいました。
 わたしも寝ようっと。
 
「おはよー」
 寝ぼけなまこな瞳を擦りながら、わたしは朝食をいつも食べてる食堂へと行きました。
「おはよ!セルジュ」
 一番に返事してくれたのはお兄ちゃんでした。
「おはようございます。セルジュ王女。それと、誕生日おめでとうございます」
 次にサンチョ。ちょっとふくよかな体系をしています。こう見えて家事全般得意ですし、魔法だって凄いんですよ。それにいつもわたし達を守ってくれるんです。
 ・・・ん?わたしは“王女”なのかって?
 はい。グランバニアの一応王女です。今は王であるはずのお父さんも王妃であるはずのお母さんもグランバニアにはいなくて、代わりにオジロン叔父さんが城で国を治めてくださってます。
 ただ、そのことは内緒で旅をしています。俗に言うお忍びというものです。じゃないと、お金や地位を欲しがる悪い人達にわたし達が捕まって人質にとられるって。
 わたしが王女だから、お兄ちゃんは王子です。お兄ちゃんは勇者であり王子なんです。ちょっと悪ふざけが好きなのが玉に瑕ですが、自慢のお兄ちゃんなんですよ。
 で、今日は誕生日・・・だったんですね。忘れてました。すっかりお父さんのことで頭がいっぱいで。
「せーじゅーおはよー。はっぴーばーすでー!」
「おはよーにゃー。おめでとにゃ!」
「クーン」
 スラリン、ドラきち、ボロンゴが次いで挨拶を返してくれました。
 魔物って怖いイメージがある人も大丈夫ですよ。スラリンもドラきちもボロンゴも改心して、わたし達の仲間なんです。ノープログレムです。人間を襲ったりなんてしません。
「さ、今日はサラダとハムエッグとクロワッサンですよー。セルジュ王女、手を洗いましたか?」
「わあ!美味しそう!もう洗ったよ。食べていい?」
 そう言った途端、お兄ちゃんが膨れっ面になりました。
「わわっ。ちょっと待てよ。こちとらセルジュ待ってたのに、一人で食べ始めようとするなんて酷いや」
「え?あ、ごめんなさい
 素直に謝ると、お兄ちゃんは同時に笑顔になりました。
「へへっ。さっ、食べよ!」
 お兄ちゃんはみんなをぱぱっと収集させ“いただきます”をすると、さっさとさっさと口が動く動く。よほどお腹がすいていたんですね。
 やっぱり今日・・・だから。目が早く覚めちゃって冴えちゃって、皆が起きるのを待ってたりしてたのでしょうか。
 うーん・・・。それに比べてわたしはちょっとお気楽者に見えます。ぐーすかと最後まで寝てたのはわたしなので。
 けど。
 でも、今だって心臓が五月蝿いくらいなんですよ。
 お父さんはどんな人なんだろうって。いつも思ってました。
 もう、お話しといたほうがいいでしょうか。お父さんがなんでいないか。
 実は、お父さんは魔物にさらわれたお母さんを救うためにスラリン達と一緒に魔物の巣窟らしき所に向かったんです。そう、実はお母さんだっていません。両親の存在がどれほどのものかわからないのです。
 でも、それっきりで。数日後に仲間の魔物達が帰ってきたのですが、お父さんとお母さんは帰ってこなかった。魔物に石にされたって。皆が運ぼうとしても無理だったって。それを聞いてすぐにオジロン叔父さんが自分がとても信頼を置いている家来を数人向かわせたけど、何処にもお父さんやお母さんはいなかった。
それから何日経っても何ヶ月たっても何年経っても、お父さんもお母さんも帰っては来ませんでした。
で、今に至るわけです。お母さんがさらわれたのが丁度八年前。わたし達が誕生した日と同じなんです。お母さんは早産してわたし達を産んでくれて、でもその日に魔物にさらわれてしまったのです。
 当時赤ちゃんだったわたし達は命からがら助かりました。お母さんが魔物が襲ってくる数分前に危険を感じ、乳母さんにわたし達を隠させた。だからわたし達は捕まらずに済んだ。そう城の人に聞いたことがあります。
 それでお父さんはお母さんと一緒に石になってしまって、どこかの盗賊が持っていってそのままでした。
 そして今から約2週間前でしょうか。わたし達がお父さんそっくりの石像がある家を見たことがあると、ある旅人が言いました。わたしやお兄ちゃんは早急に発つと主張しましたが、危険兼お父さんだと確定してないため、またオジロン叔父さんが家来を数人向かわせたのです。
 八日間経ってその石像が間違いなくお父さん自身だって知ったのはその時で、急遽(きゅうきょ)わたし達は城を出ました。オジロン叔父さんに反対されました。そんなに急がなくてもいい。相手は動かないんだからって。
 でも。待てなかったんです。いつまで待てばいいのでしょう。両親の存在に全く触れないで、いつまで待てばいいのでしょう。待つのは真っ平です。
 それにお父さんを石になった体から戻すには、わたしが持っているストロスの杖でしか効果がない。それも、わたしにしか使えません。
 お父さんを城まで運んでという手立てもありましたが、さっき申したとおり、待つのは真っ平です。
 だからわたし達は向かってるのです。お忍びで。
 
 着くのは順調に行けば昼過ぎだとサンチョに言われ、わたしやお兄ちゃん、もちろんスラリン達もそわそわせざるを得ませんでした。
 お兄ちゃんとサンチョとスラリンとボロンゴとドラきちと。皆で待つのが耐え切れなくて色々とやって気を紛らわしました。ちょっとした話に花を咲かせて、ちょっとしたことに対して熱中になったふりをし て。
「ねえ、セルジュは船と言われて何を考える?」
「そうねぇ。やっぱり海かなぁ。夏の海って絶対綺麗よね」
「なつはとけちゃー」
「あ、そっか。スラリンは夏嫌いなんだっけ」
「うん。とけーもん」
「スライムは基本的に暑さでは溶けないと思うわ」
「えー?そーなのー?せーじゅ」
「うん。スライム系の種族はゲル状で出来てるけど、暑さでは溶けないように特殊な成分があるみたいなの。でも歳をとってその免疫が失われてるスライムだったり、幼すぎて成長過程のスライムは別かもしれないけれど」
「うそだー!あつくてとけーよぉー」
「それはスラリンが思ってるだけだにゃ。でもおいらも溶けるから暑いのは避けたいにゃ」
「まあ、ドラきちは暗いところとかじめじめしたところが好きだもんね」
「きゅーん」
「そうかなぁ。夏はいいよぉ。かき氷とかさぁ西瓜とかさぁ。美味しいのがたくさんあるじゃんか」
「お兄ちゃんは食べ物しか考えないの?」
「そうにゃ!食べ物が全てじゃないにゃ!」
「くーくー」
「ほら、ボロンゴも西瓜が好きだって――え?お兄ちゃんに賛成なの?」
「がう!」
「ほらほらぁ!ボロンゴはわかってくれるんだよ!皆にはわからないんだねぇ。暑い中、氷水に冷やしたあの西瓜にかぶりつく快感がぁあ」
「うーん。おいらにはわからないにゃ」
「ぼくもー。それにすいかよりもみかーがいいー」
「まあ、わたしもどっちかといえば西瓜より蜜柑派かなぁ」
「おいらは虫がいいにゃ。その辺に飛んでる蝿でも問題ないにゃー」
「きゅー」
「ボロンゴは牛の肉がいいってにゃー」
「ちょっとちょっと。西瓜と蜜柑の話だって。もちろん西瓜でしょ?」
「おいらは虫がいいんにゃ」
「なんで解ってくれないんだよ・・・あの、暑い中冷えたすいかにがぶっといくのがいいんじゃんか」
「ふーん。おいらは蝿でいいにゃ」
「ちぇっ。可愛くなぁいの」
「えっ。おいらは可愛いにゃっ」
「じゃあ西瓜が美味いと言ってみてよ」
「それとこれとは別にゃ」
「うわ、可愛くない」
「なんにゃ!クロスのほうがよっぽど可愛くないにゃ!」
「なんだよそれぇ」
「こらこら。二人とも喧嘩しないの!はいはい。西瓜も虫も美味しい美味しい」
「おいしーおいしー」
「ええ!?虫と一緒にするなよ!」
「そうにゃそうにゃ!すいかと一緒にされたら困るにゃ!」
「どっちもおいしーってばー」
「もういいでしょ!」
「・・・まあ、そうだけど」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
 こういう具合にすぐにしんとして気まずくなって、誰かがポツリと呟くのです。
「・・・まだかな・・・」
 
 自然に囲まれてる、それはそれは小さな島でした。でもこの島や家を買うとなると数十万ゴールド・・・百万ゴールド掛かるでしょうか。グランバニアにはそんなお金あるんでしょうか?っと、話が現実的になりました。
 なんだか、とても静かです。大きな豪邸のような家があるのですが周囲は草が茫々(ぼうぼう)としています。人気のない感じがします。本当に人が住んでいるのでしょうか?
 お父さんは何処にいるのでしょう。辺りをきょろきょろ見回してもいない・・・。
 もしかしてあの家の中でしょうか。でも、住んでるのかな・・・?
「サンチョ、あそこかな?」
 クロスお兄ちゃんがサンチョに話しかけています。丁度わたしが考えてたことと同じことのようです。
「うーん。慌てすぎて城の者達に場所を訊くの忘れてましたな」「もう、サンチョのドジ!」それってお兄ちゃんも忘れてたんじゃ。というわたしも忘れてた身なのですけどね。だからまあ、直言出来ないです。そこは突っ込まないで話を続けます。
「じゃあ、あの家にいる人に訊いてみましょう。ここの人がお父さんをここに持ってきただろうから」
「そうですね・・・じゃあ、行ってみましょう」
 わたし達はつたが絡みついた門を潜(くぐ)り、雑草が生え生えな若干道だと認識できる道を歩き、家の前まで着きました。うわわ、マントに色々引っ付いてます。お兄ちゃんのマントにもたくさん草とか引っ付いてます。サンチョも足に色々・・・。
 え?魔物達ですか?ああ、念のために船に残してきました。ただでさえいきなり顔合わせの時に「こちらの石像ください」というだけでも怪しいのに、魔物達を引き連れてしまったら一生連絡が取れなくなってしまいます。本当はいい子達なんだけど。・・・人は魔物を嫌うので。実際、改心してない魔物達とわたし達は何度も戦ってますしね。悲しいです。それが現に事実としてあることなんですよ。
 いつか人も魔物も一緒に平和に暮らしていける世界になってほしいものです。
「よし、ノックはわたしがしますからね」サンチョが言いました。「準備は・・・よろしいですか?」
 一瞬の沈黙。でもすぐに口を開きました。お兄ちゃんと同時に。
「もちろん」
「当たり前だよ」
 サンチョはそれを訊くと扉を一回、二回。ノックの音が心臓の鼓動みたいなんて少し思った。わたしは喉を鳴らしました。隣のお兄ちゃんを横目で見ると、体の横にある手が力強く握られて震えています。
 かくいうわたしもさっきから手があっちにこっちに。足の向きも三秒前とてんで違う。落ち着きがないとはまさにこのことです。
 しかしいつまで経っても扉が開く気配なし、更に言うと物音が全くしないです。
「いらっしゃらない・・・?」
 サンチョが肩を落として呟きました。お兄ちゃんは失望落胆して「そんな・・・」と呟きました。わたしもがっかりしてしまって、昨日の喜びは何処へやら。わたしは昨日書いた手紙が懐に入っていることを知っていながらそれをくしゃりと握りつぶしました。
 せっかくお父さんに会えると思ったのに・・・!
 がちゃっ。
 え!?もしかして。いつの間にか目に浮かんでいた涙を手で擦(こす)りました。そして前を見ると・・・!
「なにかね。化粧品なら間に合ってるよ?」
 サンチョほどまでは行きませんが結構ふくよかな体系をしています。それにしても立派な家だし島ごと所有者だという、所謂(いわゆる)お金持ちの方ですのに。着ている服は皺(しわ)だらけ、顔もつやのないように見えます。
 少し凄みの効いた声でした。やっぱりちょっと警戒してます。
「あの。わたし達はある目的で旅をしているのですが――」
 大人であるサンチョが代表として説明を始めました。
 わたし達があることを目的として旅をしていること。その目的はある石像を見つけること。ただ「何故?何の為に?」と訊かないでほしい。その石像がお父さんなんです。そんなこと言ったら、追い返されちゃいます。信じてくれません。
 だからここはサンチョの腕の見せ所です。いかに怪しまれないように説明をするか。
 ・・・と思ってたのですが。石造の話を出した途端に相手の方は血管が浮き上がるくらい逆上し、譴責(けんせき)の声を上げました。
「あれのことか!さっさと持ってけ!あいつは我が家の守り神として買ったものだというのに、あの役立たず!ああ、思い出したら腹が立ってきた。くそ、あんな屑石・・・目障りにも程があるぞ全く」
うだうだといきなり愚痴が始まってしまいました。これにはわたし達三人は呆然としているばかり。
「あ、あの」一人弁舌を振るっている相手にサンチョは訊きました。「それで、その石像を是非譲らせていただきたいんですが、どちらに?」
「ふん。あんな物いつでもくれてやる。どうせどっかの草むらに転がってるだろ――」
 わたしは全部聞かなかった。聞こうともしなかった。
 だってお父さんの場所が聞けたんだもの。それだけでいいんです。
 でも走り始めて近場の草むらを漁り始めてから早速後悔してしまいました。どっかの草むらって。正直言ってこの島一体が草むらのようです。
「くそ!何処だ!」
 背後でお兄ちゃんの声がしました。お兄ちゃんも、きっとわたしと同時に走って草むらを漁ってるんでしょう。無我夢中で。
 お兄ちゃんの場合、頭よりも先に体なので。わたしみたいにはっと気付いて考えるなんてしないんですね。でもそういう一心に何も考えないで集中できるおにいちゃんはやっぱり自慢です。
 そう考えて、わたしはいつの間にか浮かんでいた額の汗を手の甲で拭いました。
 早く会いたい。声が聞きたい。温(ぬく)もりを感じたい。それだけ。
 ある草は腰辺りまで、ある草は首まで。ある草はわたしの身長を優に越してます。掻き分けて掻き分けて。足元を探りながら。効率が悪いんだろうなって少し思ったけれど、足を止めることは出来ませんでした。
「王子!王女!こっちです!」思いがけずサンチョの声がしました。「こっちに、坊っちゃ・・・エル王様が!」
「ほんと!?」わたしは声を荒らげました。「サンチョ、何処!?」
「こちらです!こっち!」
 どうやら右手のほうからサンチョの声が聞こえるようです。わたしは草を押し分け、一秒でも早くその場所に着こうと頑張りました。
「今行く!」とお兄ちゃん。「サンチョ、ずっと声出してて!」
「え、声でございますか?!」とサンチョ。「じゃ、じゃあ・・・あーーーー」
 お兄ちゃんたら・・・こう会話している間にもサンチョの場所が分かるでしょうに。でも決定的です。凄く分かりやすいんですね。実際に10秒も掛からずにサンチョの頭を見つけました。
 はぁはぁと息が上がっているわたしはそれでもすぐに辺りを見回しました。
「この人が・・・お父さん・・・?」
 すぐに石像が目に入りました。
 石だから色がないけれど。けれどもすごく存在感があります。大きさとかそんなんじゃないです。きっと。
「僕達の・・・お父さんなんだね・・・」
 わたしの肩に手を置いたのはお兄ちゃん。わたしはその手に自分の手を重ねてゆっくりと深呼吸しました。
 手がほくほくと温かい。どくんどくん。痛いくらいに自分の心臓の律動的な音が聞こえます。
 この人が、お父さん。
 お父さんとお母さんが結婚してからグランバニアに来た時の肖像画が城に飾られてるのは、目に穴が開くほど何度も見ましたが。
 綺麗な髪を後ろで結わえてます。ローブをつけていて右手には杖が握られてます。綺麗な端正な顔。そして石になっても澄んで見えてしまう瞳。
 知らず知らず鳥肌がたちました。でも、声を出してお父さんと呼ぶには少し早い。
 まだお父さんは石。だから、わたしが戻さなきゃいけないんです。人間に。
 お兄ちゃんの手をそっと退(ど)かして、背に掛けた杖を取りました。
 ストロスの杖。この杖は城の宝物庫に置いてありました。色んな研究をして実験をして。
 それからこの杖が麻痺を治すということ。そして石化状態になった人を元の状態に戻すということ。そんなことが解ったんです。
 ただ、8年――風化した8年もの時を石像として過ごしたお父さんに効果が現れるか。それがわからない。
 もしなんらか問題があって粉々に砕けたりとかしたら・・・想像するだけでも死にたいです。一緒に死にたい気分です。でもお兄ちゃんやサンチョを放っておけませんけどね。
「さ、セルジュ」
「王女、早くエル王様を・・・元の姿に」
 わたしは黙って軽く頷きました。
 草むらに実際だったら不自然な形に転がっているお父さんを見ていたら涙が出そうになりました。でもそれを堪えて。
 ストロスの杖をひしと握りました。
「この杖に宿りしストロスの精よ。どうかわたしに力をください!お父さんを、元の姿に戻して!」
 ぶわっと風が起こりました。草むらが騒ぎ、数匹の小さな虫たちが空へと飛んでいきました。光が杖から漏れるように溢れ、お父さんへと。染み入るように石像の体のお父さんに光が浸透していきます。
 どんな声でわたし達の名前を呼んでくれるんでしょう。
 両親の存在はどれくらい温かいものなのでしょう。
 お兄ちゃんと散々悩んで、でもその時にはいくら悩んでも絶対に答えが判らないことでした。
 やっと。お父さんに会える――
 でも風で飛ばされそうになる体を足で踏ん張って止めながら、果たして心配になってきました。
 本当に、本当に戻らなかったらどうしましょう。焦り始めてきました。もっと力強く杖を握って、震える右手でお兄ちゃんの手を握りました。
 わたしの右側にいたお兄ちゃんは左手で握り返してくれました。更に右手をわたしの左手、杖を掴んでる手の上に被せてきました。
 お兄ちゃんを見たら不敵ない笑みで見つめ返してきました。大丈夫だから。きっと成功する。何の根拠もないのにそう言ってるように見えます。
 わたしも今この場所で笑みがこぼれました。
 なに弱気になってるんだろう。きっと成功するに決まってるじゃない。
 他者から見たらものすごく根拠のない話です。でも、そう思った。
 ここまで頑張ってきたわたし達を神様は見捨てるのでしょうか?わたし、そんな酷い神様がいるならお兄ちゃんのほうがよっぽど信じられます。サンチョや、スラリンやドラきちやボロンゴのほうがよっぽど。
 両手に力を更に籠(こ)めました。お父さん・・・どうか、お願い!
 そう思った途端、今までにない強風とも呼べる風が杖から溢れ出しました。「あっ!」「ぅわっ」思いがけない出来事だったので、これこそ耐え切れなくて後ろに弾かれ尻餅をついてしまいました。その際に杖もお兄ちゃんの手も離してしまいました。
 お尻が痛いことよりもお父さんが無事かが気になってしまいました。周章しながら立ち上がり、お父さんの元へと走りました。
 う・・・わ・・・・・・!
 わたしは息を呑みました。お父さんに色が戻ってるんですもん。荒いですが息もしている・・・ようです。
 じゃあ・・・成功?失敗じゃなくて、成功なんだ。お父さんが石から戻ったんだ!
 喜びで胸が一杯になりました。
「坊ちゃん・・・!坊ちゃん・・・!」
 サンチョがお父さんの側に駆け寄り、ゆっくりと起こそうとしています。
 サンチョはお父さんが小さい頃から世話をしていたそうです。その時に呼んでたのが“坊ちゃん”だそうで、でも今は“エル王”と呼ばなきゃいけないのに、気が動転しちゃってるのか“坊ちゃん”って呼んでます。
「サン・・・チョ・・・?」そう言うとお父さんはむせました。頭が垂れてしまっていてそれに息も荒くて弱々しくてただでさえ聞き取りにくいはずなのに、その声はしっかりわたしの耳に届きました。温かくて、そっと頬を撫でられるような感じがします。
「ああ・・・坊ちゃん・・・!良くご無事でいらっしゃりました!」
 サンチョは元々泣きっぽいのですが、今日は格別すごい量です。枯れませんよねってくらいです。
 わたしはなんとなく、そんなサンチョが遠く感じました。いつものサンチョなのに。
 お父さんがいるから――?
 お父さんが酷く遠い。家族なんて一番近い存在でなければならないのに。両親なんて生まれてからずっと一緒に暮らしてずっと一緒に過ごして、一緒に・・・一緒に・・・。
 駄目。耐え切れない。
 わたしは無様にも立ち尽くしたまま涙を流してしまいました。
「やだ、どうしよ・・・」誰にも聞こえないくらい小さく呟いて涙を拭っても拭っても、涙を止めることは出来ませんでした。お兄ちゃんはどうなんだろう。泣いてるのかな?お兄ちゃんは強いから泣いてないかもしれない。それを確認しようにも顔を上げるのが恥ずかしくてただただ涙を拭いてました。
「もしかして・・・」まだ聞きなれないお父さんの声です。「そこにいるのは・・・クロス・・・セルジュ・・・?」
 耳がかっと熱くなりました。お父さんにやっと顔合わせが出来るのに、お父さんに会う時にどんな話しようあれしようこれしよう思ってたのに、結局何も出来ないでひたすら泣いてる自分がみっともない。
「坊ちゃんっまだ無理ですよっ」「だって、サンチョ」「わたしが支えますから」「大丈夫だって。本当にだいじょぶだからっ」
 ぎゅっと誰かに遠慮がちに抱かれました。
 サンチョ?ううん。お兄ちゃん?違う。
 太い二の腕にはもう消えないような小さな無数の傷があって、目の端に見える紫紺のローブは年代を感じさせる傷がいくつもあります。
「寂しい思いさせて、ごめん」
 まだ力が戻ってきてないのかいかにも力や元気がない声。けれども温かくて深みがあってぬくもりがあって、強いて言うなら温泉の時にいる居心地さと羽毛布団の中にいる安堵さを今ここで感じ取れる。今までに感じたことのない大きな存在。
 私はまた体裁が悪く声を立てて泣きじゃくり、お父さんにしがみついてしまいました。腕を後ろに回して自分からタックルしました。お父さんはしゃがんだ体制から耐え切れなくて後ろに倒れてお尻をついてしまいましたが、しっかりと受けてくれました。
 それに、ちょっと狭いなと思ってたら隣でお兄ちゃんも一緒に抱いてました。手を後ろに回した時にお兄ちゃんの右手が触れて、そこでようやく気がつきました。ぎゅっと握ると無意識なのかわかりませんが握り返してくれました。
 今世界をくまなく一人残らず目を凝らしてみて、これほど幸せそうに見える人たちはいるのでしょうか。これほど至福だと感じてる人はいるのでしょうか。
 そのあとはしばらくみんなで泣き叫び続けてました。サンチョは気を使ってくれてか、少し離れて泣いていました。皆気付けば強く強く、もう絶対離さないというようにひしと抱き合っていました。
「すぐにわかった。ビアンカの髪の色とそっくりだったから」
 ようやく収まりきった頃には鼻の頭が真っ赤で目も充血したように赤かったですけど、皆一緒ですもんね。恥ずかしくはないです。
 それに、ようやくお父さんの顔を間近でしっかり見ることが出来ました。無言の感動の再会のおかげで気まずさがちょっと晴れました。
「お父さん、なんですよね・・・?」
 言うとお父さんは口をへの字に曲げてまた顔を赤らめました。そうされて改めてお父さんて呼んだんだなって思いました。
「何言ってんの。城にある肖像画と瓜二つ。お父さんに決まってるさ!」
 隣にいたおにいちゃんが胸を張って言い切りました。そうですよね。あの肖像画の通り、お父さんはとても素敵な人です。お父さんはわたし達の様子を見て微笑しました。
「そっか。クロスとセルジュがこんなに大きく立派に育つくらい年月が経ってたのか・・・」半ば独り言のようにお父さんは呟いて、「クロスとセルジュは、今いくつ?」
「八歳だよ!」「き、今日八歳になったんです」
 堂々と馴れ合った言葉を使うお兄ちゃんに比べ、お父さんといったって八年も顔を合わせてない人にわたしはなかなか敬語を外すことが出来ません。
「八・・・歳?まさか・・・もうそんなに月日が流れてたのか・・・」
 呟いて、お父さんがふらりとよろめいてしまいました。そこを慌ててお兄ちゃんと支え合いました。
「ああ、ごめん。全く、親の務めをこの八年まともにしてないのに・・・情けない親でごめんな」
 お父さんは本当に申し訳なさそうにわたし達の頭を、まるで壊れ物みたいにとても丁寧に慎重に撫でました。
「誕生日、おめでとう」
 つーんと鼻が痛くなってもう一度お父さんに抱きしめられたい衝動に駆られそうになりながら、もう八歳だからそこまで子供じゃないんだって自分に言い聞かせて、ちょっと大人じみた微笑をして、
「ありがとう、お父さん!」
 と言いました。隣にいたお兄ちゃんはいきなりわたしの肩に手を乗せて「セルジュ、こんなにいいお父さんなんて知らなかったよ」そっと耳打ちしてきました。
「そうね」わたしは耳打ちし返しました。「わたしの理想よりも、とてもいいお父さんよ」
 そう言うとちらりと横目でお父さんを見ました。お兄ちゃんもそれに釣られてお父さんの顔を見ました。
 お父さんはそれに気付くと不思議そうな顔をして首を傾げました。
 その後あっと何か閃いた顔になり、サンチョに問いました。
「あ、そうだ。サンチョ、ビアンカは・・・」
 サンチョが息を呑みました。わたし達も少し暗い表情になりました。
 ビアンカ・・・お母さんの名前です。お母さんはお父さんと一緒に石になってしまったのです。そして一緒に行方不明になったのです・・・。
「ビアンカちゃん・・・ビアンカ王妃様はこちらにはいらっしゃらないんですか・・・?」
 お母さんは昔はサンチョに“ビアンカちゃん”と呼ばれてたらしいです。何度か言い間違えるのを聞いてますから。
「その様子だとまだ・・・か」
「ええ・・・。てっきり、こちらにいるのかと」
 そうサンチョが言ってるのを聞いて、なるほどと思考を巡らせました。
 サンチョはお父さんが見つかると同時にお母さんも見つかると思ったんだ。今の今までわたしとしたことが、ちっともそんなこと思い浮かびませんでした。
 だって、お父さんはお母さんと一緒に魔物に石にされてしまったのです。何故お父さんがここにいるのかは後日談としてお父さんに話してもらうとして、同時にここにお母さんがいる可能性は大いにあります。
 ――でも。どうやら違うみたい。
「ビアンカは・・・僕と物として売られる時にあまりに出来がいいとされて盗まれたんだ。何処かの、教団が持っていったって」
「まさか・・・その教団って」サンチョが畏怖の念を込めながら震える声で言いました。「あの光の教団と名乗る・・・?」
 光の、教団?そこにお母さんはいるのでしょうか。光の教団なんて、名前の響きからして盗むとかそういう悪いことを平気でするようなところではなさそうですが。
 でもお父さんやサンチョの様子を見てると、どうやら良いところではないみたい。
「いや、まだ断定したわけではないんだ」お父さんは拳を握り、歯を食いしばって「ただ、教団と言われるとあそこしかない気がして」
 そう言うお父さんは、なんだかものすごく悔しそうというか、憤怒をものすごく抑えている気がします。なにか、あったのでしょうか?
 お兄ちゃんも解らないようで、顔を見合わせて首を傾げました。
 しばらく沈黙が降りて、誰もが口を開くことを少し躊躇ってしまった時、
「あ、そうだ。お父さん。船でスラリン達が待ってるよっ」とお兄ちゃん。
 お父さんはスラリンという名前ではっとしました。
「スラリン・・・スラリンがいるのか?」
「うん。船にはボロンゴやドラきちも。城にはピエールやキャシー、マーリン小父さんもいます」とわたしが言いました。
「そうか・・・待ってるなら、早めに船に戻ったほうがいいよな。よっと」
 立ち上がろうとするお父さんに、地面に落ちていた杖をサンチョが渡しました。
 お父さんは杖にしがみつきながら、ようやく立ち上がりました。
「おっとっと」
 始めて立ったのか、お父さんはよろめいてしまいました。慌ててわたしとお兄ちゃんでお父さんを支えました。
 お父さんはありがとうと言ってくれました。
 お父さん。まだちょっぴり実感がわかないですが、いずれ八年の溝も埋まって・・・、
 いつかきっとお母さんも入って四人でグランバニアで仲良く暮らして、いつかきっと。
 いつかきっと、笑顔で。わたし達が暮らすこと、
 あるのでしょうか――?
 そのためにわたしには何が出来るのか。何をしなけばいけないのか。
 比翼の対のお兄ちゃんと一緒に考えていきたい。
 船へと歩いていく帰路の中、自分に誓いました。
 勇気と想う気持ちをもっと持とう。

 


今回はドラクエⅤのメンバーの名前をとことん変えました。主人公エルと息子のクロス、娘のセルジュとして話が進みます。そんでもってこれはセルジュ視点の話です。

ドラクエⅤを知ってる方なら解かるかと思いますが、主人公が八年の石化を過ごした後、それが解除されるシーンに至ります。

この説明、ものすごいシリアスを醸し出してますが、確かにこの話はシリアスかもしれないですがどっちかというと感動ですよね。

「希望と不安、後の気持ち」をキーワードに書き続けました。

私には兄弟姉妹がいなくて一人っ子なのですが、時々欲しいなぁなんて思います・・・。

この話を書いてるときだってお兄ちゃんいいなぁなんて思ったりしました。