強き心は、時を越えて。
「ここは・・・?!」
 見覚えがある景色だった。脳裏にこびりついてて、でももう一生見られないはずだった。その場所で、リュカの声が浸透していく。
 ここは・・・ここは・・・。
 覚えてないはずがない。もうすっかり記憶の片隅にあったが、それとて頑丈に保管されていた。
 サンタローズ。サンタローズだ・・・。
 小雪が舞っていた。夕方だった。小雪と夕日が連携していて、なんともいえない圧倒感にリュカ排気を呑んだ。デリケートな雪が大いなる太陽に照らされても、地に付くまでは溶けないよう懸命に生命を維持している。
「もし・・・?」
 懐かしや、この村の門番をしてたはずのラウルに声を掛けた。姿形まるで同じだった。
 彼の向こうには、完全な・・・本当の村の姿が見えた。あの、懐かしい村。
「ん?旅人か?何用?」
 口調も声のトーンも・・・一緒だ。
 うっすらと景色が歪んだ。心臓が大きく脈打ち、現実と夢が区別つかなくなった。
「・・・どうした?」
 俯くリュカに、彼がそっと声を掛けた。ラウルは両拳を震わせてるリュカに、
「・・・もう春だってのに、まだ春の『は』の字も見えねえよな」
 と苦笑した。
「長旅のなか、1人で寒かろう?もうすぐ日も落ちる。今日は止まってったらどうだ。ま、何にもない、シケた村だけど」
 彼らしい。彼らしい。何もかも彼らしい。こんな楽観的なところも、人見知りという言葉が辞書にないところも。
 ・・・なぜ?ラインハットにこの村は十年前に襲撃されたはずだ。
 再建?復建?まさか!あのさいにラウルは、もう・・・もう!
 でもそれを直接口から言って確かめるのは相手に不信感を抱かせる結果になってしまう気がしてならない。ここはこの村に入って現実を確かめるのが賢明だと確信した。
 出来るだけ、怪しまれないようにリュカは顔を上げて善良の人の笑顔を取り繕った。
「お願いします。ラインハットに向かう途中だったんですが、結局辿り着けなくて・・・道中にこの村があってよかったです」
「ラインハットなら、ずーっと東だぜ?数日は掛かるって。ま・・・この村に泊まるのは野宿よかいいわな」
 白い歯を見せて笑うラウルは、どう見ても・・・二十年前そのものだった。
 そう、ラインハットに襲われるよりももっと前・・・約二十年前。
 
 寒鴉(かんあ)が地表の草をせっついている。リュカが近づくと数羽の鴉(かんあ)がさっさと飛び去った。
 あたりを舐めるように、リュカは一心にこの村を見ていた。
 見回すリュカに警戒心丸出しで村の人たちは彼を出迎えた。それもそうだ。村に来て早々、村の様子を複雑な面持ちで見てるだけなんだから。怪しまれるのも無理はない話ではある。
 酒場に寄ってみた。丸型フラスコの暖かみのあるこの電球が、少年の頃好きだったっけ。
 そう。リュカは何となく事態を把握していた。
 ここは二十年前の村だってことを。あの、人生を変えてしまった年だと、不幸の歯車が回り始めた年だということを。
「いらっしゃい。旅のお方かい?」姿を見た途端、サファがリュカに問う。
 そうだ。サファ。よくサンチョに頼まれてお酒をここに取りに来てたなぁ。サファはいつもこんな重たいの大丈夫かと言ってくれていた。
「ええ。ラインハットに向かう道中なんです。あっと・・・コーヒーでも一杯お願いできますか?」
 多分、この声が今震えていることをリュカは自覚できた。恐れに震えてるんじゃない。恐れに震えてるんじゃないけど、恐れに似たようなものだった。
 さっき歪んだ景色が元に戻ってきていたのに、また歪み始めた。思わず俯いて指で拭った。
 コトン。
 静かにサファが温かいコーヒーを置いてくれた。
「ま、なんだ。旅に出るってのはたくさんの視点を見るのであって、色々あるんだろう?」
 気難しい顔をして彼は苦笑した。リュカは見てなかったけど、予想はついた。
 彼は人との付き合い方が得意なほうではない。けど子供をあやすのは上手くて、彼にこうやって声を掛けられると二十年前と全く同じなのがひしひしと感じられた。
 だって、二十年前・・・そのままのはずだから・・・?
「ええ・・・。いいことだらけではないですよ。でも人は苦を越えて強くなるんだって、身を持って理解しちゃってます」
 愁いを帯びた苦笑をすると彼も同じように返した。
「そうそう。苦を越えるといったら。パパスさんとかつい最近帰ってきたばっかりだ。旅の者同士、話をしてみるのもいいかもしれない」
「パパス?」
 リュカは顔をあげた。
「パパスがこの村にいるのですか?今、ここに?」
 さぞ物騒な光を、このときのリュカの瞳は帯びていたに違いない。
 サファが少し肩をすくめて見せた。どんな時も少々肩をすくめるのも彼の癖だった。時に彼を脅かしてからかって肩をどれだけすくめさせれるかなんて遊んだっけ。
「ええ。長旅から帰ったばっかりです。パパスさんの知り合いですか?」
「・・・はい」一瞬躊躇した。息子だと言いそうになってしまった。「ちょっと昔に恩があるんです」
 真っ先に思い立った言い訳を口走ってから一気に熱いコーヒーを飲んだ。多少むせたのは当たり前のことであるが、リュカはそんなこと気にせずに懐から石火の速さでお金を出した。
「あ、あの。コーヒーご馳走になりました。お金はここに置いていきますっ!」
 一礼してリュカは駆け出した。椅子を倒しそうになりながらも高鳴る鼓動を原動力にして、決して減速はありえなかった。
 
 見慣れた家。もう決して見れないはずだった。見れても、ただの瓦礫の山のはずだった家が、今完全に目の前にたっていた。
 家の前に立ってノブを見て、一瞬躊躇した。
 会っても何を言う?何を口走る?僕のことだ。絶対いいことを言うはずがない。悪影響さえ及ぼしても過言ではないような気がしなくもない。
 だって元々来ちゃいけないはずなんだ。この場に・・・いてはいけないはずなんだ。
 躊躇って、結局ノブに手をかけるのをやめた。
 情に流されちゃ駄目だ。
 目的以外の事をきっとしてはいけないのかもしれない。
 だけど、だけど。
 考えて結論は結局出なかった。でも体が勝手に動く。
 リュカはノブを回そうとして、そういや僕はもうここの住人じゃないんだっけと自嘲気味の笑いを漏らしてからノックした。
「はいはい。ちょっと待ってください」
 ドア越しに聞こえたその声は、サンチョだった。ちょっとおちゃらけた感じの声を聞いてリュカはまた涙が出そうになった。
「はいはいはい。どなたぁ?」
 しばらくしてドアが勢いよく開いた。ずんぐりむっくりの見慣れた体系が青年リュカを出迎えた。村の人だと思ってたのか急に冷たい視線になった。
 この村に人が来ることはそう多くはないことをリュカも知っている。この村に来る人なんてよほどのことがある限りのことだ。昔このサンタローズには貴重な石が取れて、今も取れるとばかりに金の亡者やら山賊やらが来たこともあったそうだ。その類(たぐい)と思われてしまったのかもしれない。
「あ、あの。パパスがこちらにいらっしゃるということでこちらを伺ったのですが・・・」
 パパス・・・思わずお父さんと言ってしまいそうになる。ぐっと堪えての一言だった。
 サンチョはなんだそんなことかとばかりに顔をほころばせた。
「旦那様に・・・」
 自分の主人が名の知れ渡ってるものだと思ってサンチョは自慢に思った。だが、だからといってこの青年を許すにはどうだろうか?パパスを狙う魔物の変化(へんげ)だって十分あり得る。
「・・・して、旦那様にどんなようで?旦那様は今調べ者の最中で、あまり時間は取れないんですが」
「えっと」リュカは思わず口ごもる。「だ、大事な話です。僕にとっても、おとう・・・パパスにとっても・・・。早急に立ち去るので、どうか時間をくださいませんか?」
 強くも優しいその瞳にサンチョは射すくめられた。真剣そのもので何か悲しそうなその不思議な瞳に既視感を覚えた。
「え・・・あ・・・はい・・・。ちょっと待ってくださいねっ」
 口から急(せ)いで出た言葉は、肯定の言葉だった。サンチョはわけもわからず踵を返して、気づけば彼をパパスの部屋へと案内していた。
戸の前まで案内して置いてきてしまってから我に返ったが、後の祭りだった。
 
 会っても何を言う?絶対いいことを言うはずがない。何を、何を言う?
 考えても答えは出ない。行き当たりばったり、当たって砕けろだ。
 リュカは目の前のドアを叩いた。
「お入り」
 懐かしい響きのこの声。若干ノイズが混じっていて、憧れの存在だったお父さん・・・!
「し、失礼しますっ」
 口から出た言葉は小声で急いでるように・・・心臓任せに喋ってるのとなんら変わりのなかった。頭の中では早く会いたいの一心だけだった。
 勢いよく戸を開けた。風圧がこの部屋の主の髪や髭を心持ち揺らす。
 第一にリュカはしっかりその姿を見た。見慣れた、でも二十年間自分の中で刻まれることのなかったその姿を、今新たに刻んでいた。それでも、二十年前のままの姿だったが少年期よりも小さく見えてしまってるが、威厳はしっかりとあった。それは今でもしっかり感じられるものだった。
 その胸にに顔をうずめたい衝動に駆られた。でも・・・向こうは自分のことなど知らない。そんなことしたら怪訝に思われて話も出来なくなってしまう。
 唇を噛み締め、出来るだけ余計なことを考えないようにした。
 パパスは自分を直視し立ち尽くす青年リュカを一瞥してから、
「ふむ。ま、そこに立ってないでこっちに来なさい
 と酒とグラスを用意してくれた。
 調べ者で忙しい彼が見ず知らずの人にここまでするだろうか?リュカはたじろいだ。まさか自分が二十年後の息子だということを瞬時に見抜かれたのではないだろうか?
 リュカはたじろぎつつも卓に着く。卓には先程の酒瓶とワイングラス二つと、彼が調べ者のために有していた筆ペンと本となにやら書き込んでいるメモが置いてあった。今もリュカなど見ずに本とにらめっこをしながらペンを走らせている。
「して、どこかであったかな。歳をとるのは嫌だね。物覚えが悪くてすぐに忘れてしまう」
「ぼくは
 身を乗り出しそうな勢いで言って、すぐにしぼんだ。さっき余計なことを考えないと誓ったつもりだった。いざ喋るとその内容は意思に反する、だけど現実に本当に忠実な言葉だった。
「ぼくは・・・あなたの。あなたの息子です」
「ほう」
 パパスはペンを止めて片眉を上げた。さっき流し目で見ただけだったリュカを、今度はしっかりと見た。
「悪い冗談だな。わたしの息子は、後にも先にもリュカ一人だと思うが」
 そういって彼はペンを置いた。ワインのコルクを外して、赤ワインをゆっくり両グラスに注(つ)ぐ。それから彼はグラスに注いだワインを少しだけ飲んだ。
 後にも先にも・・・。ぐっとこみ上げてくる気持ちを抑えようとして、リュカは更に唇をかんだ。血が出てるかもしれない。歪んだ景色もまた再び現れてリュカの視界を邪魔した。
 かえって泣くだけというのは居心地が悪く、リュカは少し礼をして赤ワインを一気に飲んだ。普段あまりアルコール物を飲まないリュカはそれだけで少しくらくらした。
 パパスは無言でそんなリュカを見ていた。じっと。しっかり。見つめて、そして見据えていた。
「すまんが、今調べ物の最中でな」パパスが本にちらりと視線を戻すが、すぐにリュカへと戻した。「用がないのなら早々に去ってほしいところだが」
 そこでパパスもグラスの赤ワインを全て飲み干した。
「これも何かの縁だな。もう一杯だけやってこう」
 パパス直々の誘いだった。リュカは断るわけにはいかず無言で頷いた。
 リュカはずっとグラスを見ていた。自分の泣き面を父親に見てほしくはなかったから。自分が今・・・二十年後もしっかりやっていて、父親に負けないぐらい立派に懸命に生きているということを、ひしひし感じてほしいと思った。もちろんパパスは目の前にいるのが青年リュカだとは知らないが、リュカはそうでなくても自分を正していたかった。
 お互い黙り込んで飲みながらもリュカの涙がようやく乾いてきた頃には、パパスは作業を始めた頃だった。
「ひょっとすると、と思うんだが」
 パパスが急に口を開いた。リュカは少し姿勢を正す。
「君は妻の親戚か?君は妻によく似てる。特にその瞳が。生き物全てを魅了する、その瞳が」
 妻。お母さん。マーサ・・・。
 お母さんのことをパパスから直接リュカが聞いたのは、パパスが傷ついて命の火が消えそうだった時が最初で最後だった。それまでパパスやサンチョがお母さんの話をしていたのを聞いただけだった。
「マーサは・・・僕が必ず助け出します、約束します!」
 直接始めて聞いたときからずっと人生の杖として、それを杖として立って生きてきた。
 パパスが最期に残してくれた、“マーサを助け出してくれ”という言葉を。
 マーサの名を出した途端、パパスは顔色を警戒するものへと変えた。がたんと椅子を鳴らして立ち上がった。
「なぜマーサを・・・?!君は何ものだ?!」
「あなたに・・・お伝えしたいことがあります」
 リュカは肩で息をしながら息を吐き出すように言った。傍から見たら妙に落ち着いてるようにも聞こえる。
「ラインハットに・・・ラインハットに行ってはなりません!」
 パパスは眉をあげた。
「な、なぜそのことを・・・?それはわしとサンチョしか・・・。なるほど。君は預言者だろう」
「いえ。でも未来をよく知っています!あなたの身に降りかかる危機を!」
「危機?」
 ほとんど苦痛な大声の叫びだった。
 ラインハットに行ったら、ヘンリーが捕まるのを見てしまう。そしたらそれを追いかけてあの洞窟で、パパスは・・・パパスは!
 ああ、なんてことだ。こんな遠まわしでしか言えないなんて。もどかしい。
 パパスは目を点にしていたが、次第に不敵に笑い始めた。
「はっはっは。わたしは生憎、予言など信じぬことにしているのだ。すまんな」
「い、いえ。予言では・・・!」
「それにラインハットに行くのは王たっての頼みだ。わたしは、為すべきことを成さねばならん」
「為すべきことを・・・」
 予言ではない。リュカが言ってるのは未来という事実で、事実という未来だ。
 もちろん、パパスは知るはずがない。まず知ってはいけないんだ。
 ・・・未来を変えてはいけない。妖精の城の王女様は言ったはずだ。心の強さが試されると。その上で彼女は僕をここに送ってくれたはずだ。
リュカは頭を冷やしながら唾を飲んだ。一緒にワインも飲んだ。空にしてさっきより強い目眩を一瞬覚えた。リュカは立ち上がり頭を抑えながら
「ワイン、ありがとうございました。話も・・・」
「ああ」
 パパスはこれ以上何も言わなかった。彼は椅子に腰を下ろし考え込んだ顔で頬杖をつきながら爪で机を叩いていた。
「おいとまさせていただきます。でも!これだけは知っておいてください」
「ん?」
 リュカは戸まで歩いてノブを回した。パパスの位置からは愁いのある横顔が見えた。
「あなたの息子は、あなたを誇りに思っていること。彼方の名を汚さぬよう、頑張って・・・生きています」
「・・・な」
 パパスの言葉はそれきり。一度息を呑むようにして何も言えなかった。
 だって戸が彼を飲み込むようにして閉まってしまったから。まるで時代と時代と切るように。あの青年と、二十年前の父を切るように。
だから。戸が閉まってしまったから、彼には聞こえなかった。
 青年が振り絞った呟きに。悲壮感に包まれた、父を想うこの気持ちを直接伝える、最後の言葉を。
「さようなら、お父さん・・・」
 
「坊や」
 教会の前でであった。まだ潔白な、先の暗闇の道を知らないこの頃の自分に。
 少年の頃の記憶をたどり、この村で一番高い建物にリュカは来た。
「ん?」
 子供の頃のリュカが、青年リュカを仰ぎ見る。目と目が合う。
 父に似てる。
 少年の頃、そう思った。今このとき、きっとこの少年はそう思ってるのだろう。
 同時に狂った感覚が湧いてきた。今この時を壊せば、あの奴隷として暮らした醜い十年間を見ずに生きれるだろうと。この少年をさらえば父パパスだって黙ってはいない。
 リュカは首を振って考えを振り切った。
 ワインが回ってきたんだ。そう思うことにした。そう思わないと本当にしてしまいそうだった。
 また少年へと視線を戻す。傍らには子猫のようなプックルがいた。
 少年リュカは青年リュカの顔をまじまじと見ている。腰とマントの間辺りで夕日の陽光に照らされて一瞬眩しいぐらいに光った。
「坊やは素敵な宝石を持っているね?見せてくれないかな」
 傍から見ればとてもじゃない、悪者みたいな台詞だ。だけど互いのリュカは既視感を、違和感を覚えた。
「え・・・だ、駄目だよっ」
 少年リュカが慌てて後ろの輝く玉を隠した。戸惑って更に光って見えた。
「お願い。少しだけなんだ」
 青年リュカは少年の時の自分と同じ目線になるようにしゃがんだ。
 少年リュカは眉を顰めて青年リュカをじっと見た。青年リュカのほうも少年リュカをしっかりと見返した。
 時が止まったようだった。
「・・・ちょっとだけだよ」
 先に折れたのは少年のほう。むすっとした顔のまま宝玉を差し出した。
「ありがとう」
 リュカは受け取った。まじまじと見て、実は振りをして片手で自分の懐の偽のオーブを探る。ポワンにもらった天空の城を浮かべる力はない、でも見た目は立派なオーブを。すぐに見つかった。
 片手と目で上手く見てるように工作しながら、その本物の城を浮かべれる力を持つゴールドオーブを陽光に照らす。まるで夜空に輝く恒星のように宝玉は肉眼では見れないぐらいに光った。
「わ!」
 少年リュカは思わず腕で目を隠し、目をつぶった。その瞬間を青年リュカは逃さず、素早く2つの相似な玉をすり替えた。
「素敵な宝玉だね。・・・さあ、これは大事にしまいなさい」
「う、うん」
 少年リュカはぶっきらぼうに受け取ると偽のゴールドオーブを心持ち大事そうに懐にしまいこんだ。
 すると、少年リュカは今まで溜め込んでいた質問を青年リュカにぶつける決心をした。
「ねえ。お兄さんは、お父さんの親戚?」
「親戚?」青年リュカは聞き返す。冬独特の空っ風が青年リュカの後ろから流れた。
 それは神秘的で青年リュカを照らす落日が、寒風が青年リュカをさらっていくようだった。
「・・・違うよ」
 悲しそうな声だ。哀傷が混じってる。少年リュカはすぐにそう思った。でも逆光で表情がよく見えなかった。今どんな顔してるんだろう?
「え・・・でも」でも、そんなに似てるのに。
「ねえ坊や」
 青年リュカは無理やり話を打ち切った。しゃがんで、二人の目線が同じ高さになる。
「これから何があっても負けちゃいけないよ。現実を受け入れて、しっかりと立って生きるんだ。何があっても」
「もちろん」少年リュカは胸を張っていった。「何で僕が、負けなきゃいけないの?」
「ははっ。そうだな。わかるよ、いずれ・・・」
 やっぱり逆光でよく見えなかったけど、近場に顔がある分表情が少年リュカにちょっとだけ読めた。笑っててもやっぱりどっか悲しそうで。目を細めていて、今この人は何を思ってるんだろう?
 彼は立ち上がった。踵を返して夕日に向かって歩き出す。一度も振り返ることもせず。
 そう、涙流してた。あの人、泣いてた。なんで?なんで?
「ねえ!待ってよ!ちょっと待って!」
 離れていく青年に、少年は必死で追いかけた。何だか離れたら胸騒ぎが起こったのだ。何がどう?完全なるデジャビュだったけど、少年リュカは追いかけた。
 青年リュカを。二十年後を。
 でも、年月の繋がりが完全に起こってはならない。世界のバランスが崩れる。
 過去は未来には追いつかない。追いついちゃいけない。
 青年リュカは振り返らなかった。二十年前の自分にどれだけ呼ばれても、決して。
 青年の辺りの景色が歪んだ。夕日が青年を包み込んだ。
 少年リュカは急いで追いかけた。後からプックルも転がるように走る。
「・・・あれ?」
 崖にぶつかった。そこは断崖でどう考えても落ちたら跡形もない。
 草むらを歩いているというなら、音さえするはずなのに。
 もう春だという季節のはずなのにまだ寒くて太陽もすぐ沈む。
 暗くなり始めた周辺。
「いこっ、プックルっ」
「ふにゃぁー」
 リュカは暗くなり始めた中悪寒が走りそうで、慌てて引き返した。
 でも・・・。でも、あのお兄さんは怖そうな感じしなかったな・・・。
 
 気づけばそこは妖精の城。ふわりと浮いた体が感覚を失い、たたらさえ踏めずに思わず倒れこんだ。ところをティミーとポピーが支えてくれた。ピエールが、スラリンが心配そうに駆け寄ってくる。プックルも駆け寄ってきて「きゅう?」とがっちりした体躯にあわない愛らしい声で心配の気持ちを表した。
「お父さん?」
「大丈夫?」
 口々に言い寄ってくれた子供たちを、リュカは強く抱きしめた。
 この2人よりもあの頃の自分は小さかったっけ。子供は繊細で、単純で。単純だから繊細で。つまりどっちも兼ねてて難しい存在で、扱いにくくてガラス玉みたいで、何だかんだ言って可愛くて、時々憎らしく思うときもあって。
でも全部ひっくるめて好きだ。完全な“あばたもえくぼ”。
「ちょっとお父さんっ。大丈夫?ねえ、お父さんっ」
 ポピーがいきなり倒れていきなり抱きしめてきたリュカに何度も問いかける。
「ん・・・」
 リュカは呟いた。その声があまりに満足そうだったのでポピーはそれ以上何も言わないで、そのまま抱き返した。
「あっ!ポピーばっかりずるい!」
 ティミーも慌てて抱き返す。
 ひと時の静寂。ひと時の平和。
 リュカの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
 強く、生きよう。自分のためにも、この子供達のためにも、パパスのためにも、マーサのためにも、仲間の魔物達のためにも。
 

 “強く”って、とっても難しいこと。難しい上に勘違いが多い。

弱肉強食。食う方は多分、本当は強くない。本当に強いのはそんなことじゃない。

“強さ”と勇気は紙一重だと私は思います。

いじめを止める勇気は正しい“強さ”だと思うし、気まずい雰囲気の中で意を決して話し始めるのもまたひとつの“強さ”かな?

この話では青年リュカは、ちょっぴり自分を保つことが出来なくて自分の気持ちが少し溢れ出ます。

リュカとパパス。初めて交わす大人の飲み物。

時の流れも、胸に響きますね。