馬車の中で
「あーもうっ。馬車って体動かせないからつらいなぁ」
 姫様がガタガタ揺れる馬車の中、ポツリと呟かれました。
「まあそう言いなさんな。姫様、時には休憩も必要ですぞ」
「そうですよ。姫様は気合がいつも入りすぎです!」
 ブライ様とわたしが姫様をなだめました。
 そりゃ確かに姫様の戦ってる姿はうっとりするぐらいですけど・・・。毎日毎時毎秒戦いご病気になられてしまったら・・・それだけでもう・・・ああ・・・やっぱり体は適度に休ませてもらわねば!
 戦ってる姫様だって、眠ってる姫様だって、もう何事にもたとえられないぐらいお美しいのだから・・・。
「あの・・・クリフトさん。大丈夫ですか?ぼーっとしてるみたいですが」
 近くにいたトルネコさんが声を掛けてくださった。わたしはその声ではっと意識を舞い戻す。
「あ、いえいえ。すいません」
「ほっほっほ。この青二才、まだ色々と悩む年頃なのじゃよ、トルネコ殿」
「ぶ、ブライ様!」
 ブライ様が意味ありげに含み笑いをしました。
 ・・・ちらと姫様を見た。
 姫様は体を動かせなくてイライラしてるのか、馬車の端のほうで転がってる。いっそ寝るほうが楽だと思いになったのであろうか。あの様子だと多分、今の会話を全く耳に入れてないようです。
 ほっと胸をなでおろして、でも姫様が聞いていたならどんな反応を示してくださるだろうかなどと平凡に、普通に思いました。
聞いてたら絶対、興味示すはず。あの姫様の性格を考えたら「え、クリフト何悩んでんの!?」なんていうに決まってる。それはそれで幸せなんだけどなぁ。あ、いや、答えに困りますな。
「まあまあ、わたしだってねぇ・・・ネネと結婚できたのも奇跡でしょう。全くもって人生何が起こるかわかりませんよ。クリフトさんも頑張ってください」
「と、トルネコさん・・・。・・・姫様にはご内密にしてくださいよ・・・」
 わたしが滅入ったように小声でトルネコさんの大きな耳に耳打ちすると、これまた意味ありげに含み笑いされつつ頷かれました。
 ・・・わたしっていじられキャラなのだろうか。このままじゃ姫様と釣り合わないのも無理ないのではなかろうか・・・。
 そもそもお姫様とその姫様に仕える神官が愛し合うなど、もってのほかなんだろう。
 神様はなぜわたしにこんな試練を・・・。ああ・・・もう・・・。
 わたしがそんな言葉を内心連呼してるうちに、話題は天空の塔へと変わっていました。
 そう。今わたし達が向かっているのは、天空の城へ繋がっているという天空の塔。ああ・・・考えるだけで目眩が。なぜ神は遙かな大空になど城を造ったんだ・・・。
「天空の武具・・・それらに身を包めたアリサさんは神秘が感じられますね。天空の剣だって、わたしなんかが持つより何百倍も輝いて見えますよ」
「そうじゃな。やはり運命(さだめ)というのは正しく歯車が噛み合ってないといかんものじゃ」
「ええ・・・おっと。馬車が止まった。この声は・・・なにやら魔法使いっぽいですね。ベギラゴン・・・らしいです。応戦しましょうか」
  馬車の前にかかっている布をトルネコさんがあげる。
「ふむ。だったらわしのマヒャドでもお見舞いしてもいいのう。いや、魔力は温存するべきじゃからここはヒャダインで行こうかな。よしトルネコ殿、行こうぞ」
 トルネコさんの巨体が破邪の剣を片手に持って馬車を降りた。馬車がガクンと揺れて、ちょっと地面からあがったような感じが・・・したんです。トルネコさんの・・・聞こえが悪いですが巨体の結果でしょう。
 続けてブライ様が雷の杖を持ち馬車を降りていきました。そこで遅まきながらもわたしは我に返りました。
「あ、あのブライ様!わたくしめも応戦いたしますゆえ」
「おぬしはよい。そこでしばし待っておれ。怪我はアリサ殿やミネア殿に治してもらうわい、姫様を守っておくように。姫様はお疲れなのじゃ」
 そう言ってブライ様は・・・勘違いかもしれないが鼻を少し鳴らしました・・・。クリフトの思考などあまあま読めるも同然じゃ、という風に。
 ちょっと腑に落ちなかったですが。それでも、この絶好の機会・・・わたしは逃すわけには行かない。
「はい・・・」
 残念がる振りをして心底ガッツポーズ。いつしか外では剣が混じり魔法の音が混ざって聞こえました。
 馬車の中に沈黙が落ちました。わたしは馬車の奥の隅に転がる姫様を横目で見ながら、さりげなく壁に寄り添いました。なぜか膝を抱えて。そうしないと自分の胸の鼓動が、こんなに遠かろうと距離は関係なく姫様に聞こえてしまいそうだったんです。自分の両膝小僧を見やいつつ、寝てしまってるのか定かでない姫様に対しどうすればいいのか、ちょっと妄想心が浮き出てきましたとも。慌てて首を振ってまた膝小僧を意味もなくじっと見ました。
 外の戦闘の音や声に混じり、小さくわたしが大好きな声が流れてきました。
「あたしも行っていいかな・・・」
 なんていうか、姫様らしくない声。自慢げじゃなくて、正真正銘文字通りお姫様って感じの声でした。
 でも、姫様。
 あなたは、昨日一日中に続き今日の午前を静止も聞かず馬を引いていたではありませぬか。
 そう言おうと思ったけど、とてもじゃないけどわたしには言えなかった。なんというか、言いにくかった。なんで、と訊かれても・・・良くわからない。  わたしが困ったように口ごもっていると、姫様が(多分)苦笑なさられた。
「ごめん・・・クリフト。なんていうかね・・・」
 一息沈黙、わたしはちらりと姫様を見たんです。・・・思い切り心臓が飛ぶ羽目になりました。
 だだだ、だって・・・!姫様が・・・転がったまま肘をついて両手を頬杖代わりにして、こっちを見上げてる・・・!ああ・・・目眩が・・・。
 驚き少し後ずさりかけたわたしを不思議そうに見て、姫様はまた少し苦笑なさられた。
「わたしってちっとも姫らしくないから・・・。いっそこのままずっと戦い続ければ、一人の冒険者、戦士として自分が存在できるというか。本当に戦うことは好きなのだけど、好きなだけじゃないの」
 わたしは話を聞いてる間、自分の帽子がずれてることも構わず姫様の話を聞いていました。
 話が終わってたっぷり5秒は外の戦闘の音声だけ流れているだけでした。
 あ、まずい。反応が遅れた・・・。
「あ、あの姫様。わたくしは姫様はやっぱり姫様だと思うんですよ」
「何よそれー。嫌味?」
 姫様が少しふくれっ面になさられた。
 ああ・・・天使のようだ・・・。
 っとっとと!このまま黙ってたら嫌われてしまうやもしれん!
「いえ、嫌味ではございませぬ。姫様は・・・姫様に相応しいと、このクリフトは心のそこからそう思うのです」
「なんでよ」
「え、あ・・・。だ、だって・・・姫様の心はきれいでしょう。心が汚れてる者が政治をしてしまえば、国民にどれだけの被害があることですか。姫様は人々を引率するといいますか、引っ張っていく力を持ってはります」
 わたしが言葉を選びながら一言一言ゆっくりと話しました。
 それでも、姫様は納得なさらず、
「そうかなぁ」
 と仰向けに転がり、大きくため息をつきなさられた。
「わたしが心がきれいとは限らない。現にこうやって魔物たちを殺してる。そのことで快感を得てるわ。・・・これが王族の言う台詞じゃないもの。心がきれいとはとても言えない」
「姫様・・・」
 わたしは何といえばいいかわからずうなだれて、また膝小僧を見ました。特に何もないはずの、膝小僧を。
 こういうとき、姫様を愛してる者なら何と言うだろうか。
 姫様の機嫌をとるか、
 姫様にちょっと反抗的に返すか。
 ・・・正しいのはどっちだろうか。
「この炎の爪。トルネコさんが言ってた。使うものの気持ちに応じた攻撃力を持つと。この爪に引き裂かれた魔物は、悲鳴を上げた。アリサの天空の剣ほどではないけど、攻撃力は十分。鉄の爪なんて比じゃないぐらいよ。・・・わたし自身が血を求めてる証拠だわ」
姫様はそう言って誰にもどこからも顔が見えないように、体を横向きに転がして腕で顔を隠した。
「もう・・・わたし、姫なんてやめようかな・・・。こんな汚(けが)れてる者が姫なんて無理よ・・・」
「い、いえ!そそそ、そんなことございませぬ!」
 つい自棄になりかけてる姫様にわたしは勢いづいて説教っぽいものをしてしまいました。と同時に後悔と勢いがどっと流れてきました。
「ひ、姫様は、元気で明るくて、ちょっとおてんばでございまするが、人を統一する力と言いましょうか、猪突猛進とも申しましょうか、それでも決して悪いほうには決して走ってなくて、べ、別に血を求めているのも悪いほうではないと思うのです。決して人の血ではない、悪の手先を倒すために出さねばならぬ犠牲者の魔物の血でござりましょう?た、確かに姫様が血で汚れてしまうのもちょっと個人的に・・・それはそれで斬新な姫様の姿を見られて嬉しいですが・・・」
 最後の部分はほとんど呟き声でしたよ。まさか、こんなことを姫様の耳に入れるなど・・・!!まあ、聞こえたかはわからないのですが・・・。
「・・・とにかく、姫様は・・・姫様は立派なサントハイム王女殿下アリーナ様でございます」
 そこまで言い切って、なんだか自分が情けなく感じました。
 片道とはいえ、愛してる方を慰めれないとは・・・。男道の恥に存ずるにも程があるものである。それは自覚してます。自覚してますとも・・・。
 こんな良くわからない言葉しか知らなく不器用でなんて・・・そんなの百も承知。
 わたしは大きくため息をつきました。・・・この恋は一生実らない。気がするんじゃなくて、本当にそう思います。わたしなんかと恋をしてしまったら、姫様は不幸になってしまうのは目に見えてるんです。こんな、わたしなど愛してしまったら・・・。
「・・・ありがとう、クリフト。わたしが勝手に愚痴をしゃべってて、それにのってくれて」
 姫様が顔を隠したまま、落ち着いた声で話される。落ち着いたと言うか、落ちたと言うか。
 ・・・。
「いえ・・・わたくしがよくわからないことを次々と申してしまっ」
「ね、クリフト」
「たので・・・。・・・はい?」
 全ての言葉を(失礼ながらも)言い切って、慌てて返答します。
「・・・わたし、今の旅が終わってお父様や城の人たちがもし戻ってきたら、もうちょっと姫様らしくしてみる」
 ・・・姫様・・・。
 なんだか、わたしは胸がいっぱいになりました。
 前々から姫様のおてんばには目が余りました。姫修行をしてくださるというのなら、是非そうしてくださりたい。
 でも・・・姫らしい姫様というのは、わたしが好きになった姫さまではないような気がして、なんだか・・・
 複雑です。複雑な思いが渦を巻き、胸をいっぱいにしました。
 わたしは姫様に微笑みました。いつの間にか顔を上げていた姫様も、微笑んでくださりました。
 ・・・気付かれないようにため息をつきました。
 無論気付かれなかったです。姫様は何事もないように体を起こして伸びをしなすった。
「うぅーん!さって、もう一眠りしたらまた1日中歩くわよぉ!じゃっ、そーゆーことで!おやすみっ!」
 早業でした。それからが。
 転がって数秒も経たないうちに眠ってしまわれたのだから・・・。
それからタイミングよく馬車の出入り口の布が開きました。入ってきたのはライアンさんとアリサさんでした。
 「ふぅ・・・ちょっと魔物が多かったので苦労したな」
「ええ。ブラックマージの数が尋常ではなかったし、地獄の門番の鎌が5つほど交差してる時もありましたからね。ブラックマージの世界樹の葉も・・・」
「ああ。・・・っと、クリフト殿。よろしければ治療の魔法をかけてくださらないか」
 ライアンさんが馬車にもたれかかっているわたしに声を掛けてきました。
 よく見れば、ライアンさんの左腕に大きな切り傷がありました。凄い血が流れていました。あまり血が好きではない(血が好きな人はいるのか?さっき姫様がなんたらおっしゃってましたが・・・本当に血が好きなわけないでしょう!はい!)わたしの背中に、悪寒が走りました。
「はい。わたしの役目ですから」
 そう。姫様には、姫様の役目があるように。わたしだって、わたしの役目があります。
 みなの傷を癒す神官としての生き方がある。
 そして、姫様をかげながら見守っていたいと言う信念を貫く。そんな役目だって(自分勝手な考えですが)あります。
 このクリフト、生涯かけて姫様に命を賭けますとも!
 
 

 うーん。改めて読むと“ウブ”。

私自身も1作目なので“ウブ”ですが、クリフトが“ウブ”だね。

おまwどんだけアリーナ好きなんだよwって具合かな。

クリフトの一生懸命さが伝わればいいなと思ったお話でした。