No.7 歩み、始め。……最後まで。
集う醜さを
惰弱で脆いものと言い切るのは
早合点
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『しょうがねえ。無敵の……なんだっけ。名前訊いてなかったな』
『ネス。僕はネスです』
『無敵のネス、一つだけ願い訊いてやるよ』
『じゃあ……あの、……シャーク団の暴動を止めてください』
『……何でだ。あのくそ市長に頼まれたか』
『ち、違うんです。僕、市長に頼みたいことがあって。でもシャーク団の騒ぎで忙しそうだったから止めに来ただけなんです』
『なるほど。なんでそこまでする必要がある。そんなに重要なことか』
『……はい』
『深くは言えないことなんだな』
『ごめんなさい。頼み事してるのに……』
『別に、いいぜ。ただし一週間だけな』
『え?ほ、本当ですか?』
『ああ、シャーク団は本日を持って解散してやる。一週間だけな。だがハゲ市長の気を惹いたことを確認したらまた別のことで暴れるかもしれないけどな』
『あ、ありがとうございます……』
先程の会話と深謝の気持ちをネスが恭しくたどたどしくするとフランクは微苦笑したことを思い出しながら、ネスは市長室へ向かっていた。
誘導する美人な女性がハイヒールを鳴らしながら「シャーク団をやっつけたって大評判よ。ピカール市長がお待ちしてますからね」と言った。上機嫌なのは自分の仕事が減ったからか。
階段を上ると直に市長室が見えた。女性が「失礼します」とノックすると向こうから戸が開いた。
ガードマンが敬礼をし女性が頭をそっと下げたのでネスもそっと下げておき、一品な皮のソファに踏ん反り返った、見事に河童を連想させる髪の薄さを持つ熟年の男性を見た。デスクに両拳を置きいかにも市長ですという雰囲気を出しながら、ネスにはなんとなく白々しく思えて仕方ない。
「ややややや。初めまして、ネスさん」
少し嗄(しわが)れた声を今ばかり上ずらせるとこんな感じか。市長は立ち上がりデスクから回るようにこちらに歩き、ネスの両手を無理矢理取るとぶんぶんと振り回した。半分困り果てながらこちらこそとネスも会釈する。
「おっと。紹介が遅れましたな。市長のG.H.ピカールです。ゲーハーピカールと申します。次の選挙では是非投票を」「は、はぁ」選挙目当て……ですか。
それからわざわざデスクを回り椅子にどしりと座った。なんでわざわざ。
「町の悪どもを丸めて団子にしてぼこぼこに叩きまくって蹴っ飛ばして噛み付いて唾を引っ掛けておしっこちびらせて土下座させて……もう二度と悪さはしませんと謝らせて下さったそうで感謝しております!」
「……?僕、そこまでしてないんですけど」「そうそう。先程ネスと名乗る少年が来た形跡があるんですよね。これはなんででしょうか?君ですよね。手伝えることがあるなら相談に乗りますよ」
市長は声を被らせて大いにネスが言いたいことを無視し、市長は目をきらきらさせてネスに問いた。
「あ、あの。僕、ジャイアントステップへの……ここから北東にある有刺鉄線の所の鍵を今日……明日まで貸してほしいんです」
本当は今日の内にジャイアントステップに向かいたかったが、ネス自体の精神も体力も底を突いたようだった。
昼から家を出発し図書館に寄り隠れ家で会話し地下室でぞっとして市役所行って追い出されてゲームセンターでがやがややってまたこの場にいるわけで。
たった一日で本当に目まぐるしい。
「えっ、なんですと?ジャイアントステップへの鍵が欲しいと……?」
声を驚きに変え市長は眉間に皺を寄せた。やっぱり無理かな……とネスも目を伏せて一瞬この場の空気が暗くなった。……一瞬。
「宜しいですとも」
「え?」
淡白に言われ過ぎて……ええ?あの万年通行止めな場所を僕なんかの子供に?「い、いいんですか?」信じられなくてもう一度訊き直した。
「宜しいです。貴方のような素晴らしい方がおっしゃることだ。きっと町の平和に役立つことでしょう」
棒読みとも投げやりとももうどうでもいいとでもいう風に聞こえるが、鍵を貸してもらえるだけでもありがたい。深く突っ込まないでおきネスは御礼を忘れずに鍵を受け取った。リングに二つ、随分古い大きな鍵で金鍍金(きんめっき)が所々剥がれているのが頼りなくて不安ではあるが、ジャイアントステップの鍵を手に入れることが出来たのだ。
ネスはその鍵を強く握り締めに衣嚢(いのう)に入れた。
「ただし」市長は身を乗り出し声を強めて「危険な目に遭ってもわたしの責任を……追及しないようにね」
「は、はぁ……」
腑に落ちない気もするが、鍵を快く貰うためにネスは頷いた。大体市長が市民が危険なことをやろうというのになんだってこの市長は自分のことしか考えてないんだろうか。さっきもお礼を言う前に自分に清き一票をと宣伝してたし。
「じゃあ用は済んだから行きましょうか」
まだいたのかと存在を忘れかけてた女性が急に声を掛けてきてネスは心持ち心臓が跳ねながら失礼しますと言った彼女に続いて市長室を後にした。
まだ若干ふらふらする足取りでネスは家に帰っていた。
PSIを操れるのはごく僅(わず)かだが、PSIは本来全ての者の心に流れているもの。だから無くなれば体は疲労を訴える。だからテレパシーで相手の心が読めるとも言える。全てはPSIの繋がりであるから。
PSIをネスは消費して利用しているが、休息によってその流れは全回復する。それこそ体力と同じようなものだ。体力と同じで練習や修行によりPSIの新しい使い方を見出すことが出来るし増幅もするが、しかし突然能力が開花するときもある。
それにPSIは安直に足し引きの世界だ。今日のネスはPSIを引き過ぎたみたいでふらつく足元と視界にまとわり付く歪みにネスの頭は痛みを起こす。
「ただいまー」
「あら、おかえりー」
ママは就寝も午睡も共にしている白いソファの上で本を読んでいた。最近の愛読書のミステリーだろうか。ママはその本から視線を外し、ネスに型通りの新鮮味がないがそれを聞くだけで安心できる言葉を返す。そしてふと違和感に気付いたのか、自室へ戻ろうとするネスを呼び止めた。
「ネス、あんたバットはどうしたの。さっき部屋の掃除した時に無かったからてっきり外に持ち出したのかと思ったわぁ」
「折れた」
抑揚の無い声でネスは案外さっぱり言った。ママが「え?」戸惑う気配がしたが、ネスは後ろを振り返らなかったのでママの表情も判からなかった。ママも同様だろう。
ネスは自分の部屋に戻ると電気も点けずリュックを放り投げジャイアントステップへの大切な鍵を今ばかりは勉強机に転がし、無造作に外出時の衣服のままベッドにうつ伏せに体を放り投げた。今日干された掛け布団からはお天道様の好い匂いがした。そこにネスは顔を埋(うず)めた。
自分の息と心臓が鼓膜を破るくらい支配する。本当はしたくないことを今日はしてしまった。他人に害するPSIの使用、バットでフランクの横腹を思いっきり殴ったことよりも、ネスにとってはよっぽどそっちの方が気がかりで荷重で自分が押し潰される事実だった。本当は使いたくなかった。戦いたくもなかった。
ジャイアントステップ。本当に地球の危機なのか、明日判かる。出来ればブンブーンの話は嘘であの宇宙人も幻の夢物語で、実はブンブーンなんていなくて幻で、としてくれれば……ありがたい。でも叶わない夢だろう。頭の片隅で自分の意識を否定することを考えてしまった。
だからか誰か三人と一緒に歩いて打ち解けて話す自分という夢を見た。同じくらいの年齢で自分以外に男の子が二人と女の子が一人。
起きた時はもう夜で、トレーシーが扉の向こう側で「もう夕飯だからね。お兄ちゃんも降りてきてよ」と言っていた。
ネスは空返事をしながら、夢に出てきた三人の顔を思い出そうとしたがどれだけ頑張っても幸せそうな自分しか浮かばなかった。
+おまけなあとがき+
むう……ここはNo,6とNo.8を繋ぐシーンがさらりと流れて終わりですね。
そのせいで案外短いです。くそう……。