No.6 歩み、始め。……最後まで。

 あれから散々考えに考えて考えたが、市役所に行き鍵を貰う方法しか手段がないように思われた。
 ジャイアントステップへの道は完全に遮断されあの地だけ絶縁状態で強行突破は不可能だが、市役所行って鍵を貰うのも一筋縄ではいかないことは容易に悟れるが一縷の望みはあるとは思う。確証も具体的なやり方もないけど。
 懇(ねんご)ろに頼めばきっと貸してくれる……はず。
 ……市役所に向かってみよう。

 無理で峻拒(しゅんきょ)され、門前払いされたネスは溜め息をついた。
 ただでさえ今はシャーク団の一件や昨夜の隕石、UFO騒ぎ等でごたついている市役所に対して、少年一人が立ち入り禁止の場所に入りたいから鍵貸してくださいなんて言うだけで多大な迷惑だし、門前払いも当然の結果と言える。
 市役所の前の階段ですっかり東西を失って滅入ってしまった。
 ふわりと浮かぶ雲が綿飴だぁと思い見ているうちに小腹が空き、リュックからママの手作りのクッキーを出してばりぼりと食べながら、
『あのシャーク団止めたら喜んでハイタッチでくれるよ』
 隠れ家で仲間が言った一言。
 それに賭けるしかないかもしれないと思った。
 背中のリュックに入っているバットを後ろ手で抜き取り、野球の時の構えの要領で大きく振り被った。
 人と争うのは好きじゃないけど、今は地球の危機(多分)!……としておく。
 ピンチになったら一発峰(みね)打ちで何とかなる……と思う。
 ……甘かった。

 ゲームセンターに常日頃屯(たむろ)しているというのは強(あなが)ち嘘でも冗談でもなく、ネスがゲームセンターを目の前に本当にそいつらに遭ってしまった。
 ゲームセンターの前に既に二人、地べたに座り込み煙草を吸いながら談笑をしていた。赤のウィッグの青年一人と左頬に龍の刺青を入れた青年。見たところネスより四歳五歳上か。未成年じゃないか。
 ごくりと喉が鳴った。ネスはただの少年。その少年が一人で不良グループに立ち向かうなんて通常ならもってのほかだ。
 改めて冷静に相手を見て適うとは思わなかったし、そもそも相手になってくれるかさえ無理な気がする。説得の言葉もちっとも出てこないし、策はない。……ないなら、それでも一つある。
 強行突破、という手段。
 だがもちろんそんな勇気はネスにはない、が他に手立ては本当にない。
 努(つと)めてみるか……と他愛もなく頭の隅っこで考えながら足音を忍ばせているつもりではなかったが静かに歩み寄り「あの……」声を振り絞って話し掛けた。しかし相手はお互いの会話に集中していて聞く耳を持たない。
「あの……」今度はちょっと声を大きくして自己主張してみるが応答がない。
 ネスが大袈裟に溜め息をつくと相手はようやく目の前に立ちはだかるように立っている少年に気がついた。
 お互い一時話が止まり、顔を合わせながらネスを横目で見ながらわざとらしく声を張り上げた。
「なんだこの餓鬼」「あのーそこ邪魔なんですけどー」「ははっ言えてる言えてる」「ちょっと退いてくんねぇかなぁ」赤のウィッグの青年が煙草の入れ物を潰しそこらに放りながら「煙草買いに行きてえんだけど」
 無言。
「っんだよ。シカトかよ」
 そう言うと赤のウィッグが立ち上がった。ネスより頭二つも高い身長を持ち、その長い腕で易々とネスの胸倉を掴んで宙吊りにした。
 嘲笑している瞳とネスの瞳が時々合致する。それもそうだった。ネスは極力目を合わせないようにしていた。根負けするのが目に見えてしまっているから相手の様子を伺った。どうやらただでは通してくれないらしい。
 せめて何もその関係のことを視界に入れないでおけば気休めかもしれないが楽だった。でも時々相手の様子を見た。
「ふーん。可愛い顔してんねぇ。女の子みてー」「貴方は」相手の笑いを無表情で遮った。「何故こんな馬鹿げたことをしてるんですか?」
相手の顔が凍った。「……はぁ?てめえ誰に向かって口聞いてんだよ」最後の“よ”という言葉と同時にネスは地に落とされた。右手はバットを握っていたので左手と尻で振動を受け止めた。
 ネスは痛がる体(てい)もなく相手を睨み据えたままゆっくりと口を開いた。
「貴方の母親は病弱で床に伏せってるはずでしょう。息子がこんなことしてることを母親は知ってるし、貴方はそのことでまた母親の体を蝕んでることを知っているはずだし、父親の方は酒に酔い潰れて人を轢いて刑務所に入ってる。なんで自分の家族だけと思って貴方は」
「って、てめぇ……」
 絶句していた赤ウィッグがようやく言葉を放った。肩で大きく息をし、ネスに向かって拳が――ネスは反転しバットで相手の足元を思い切り叩いた。バキだとかボキだとか剣呑な音が通常ならあり得ない位一体に響いてバットが正中辺りで折れ曲がった。
 ひっ。どっちかが悲鳴を呑んだ様な声を出した。十二歳だからって舐めてもらうと困る。ネスは本気の顔と声で「通して!」と叫んだ。
 しかし相手はこんなことじゃ怯まなかった。というか怒りの導火線に火を点けた……らしい。……しょうがない、か。使いたくなかった手だけど。
「このやろ……っ」
 刹那、赤ウィッグがどさっと崩れ落ちた。丁度マリオネットが人形遣いを失ったような具合に。
「ちょ……え……なにっ……」
 龍の刺青の青年が頭をしきりに動かして動揺していた。益荒男(ますらお)のような姿を持ちながら心は貧弱なようだ。じゃあなんで不良なんてやってるんだろうかとネスは漠然と思ったが「通して。貴方のことは見逃してあげるから」思惑通り相手はさっさと道を譲った。
 砂埃を払い、ネスは手に出来たかすり傷と見事に折れ曲がったバットを見てあーあと肩を落とした。どちらもちょっと想定外だった。そしてどっちもその場の流れで出来てしまった。
 自動ドアが左右に開きネスは中へ入ろうとしてあ、そうだと呟いた。
「出来ればここのボスに案内してほしいんですけど」

 種明かしをすると相手のことを知っていたのは事前に調べてたわけではないし、赤ウィッグがどさっと崩れたのも別に彼が肺患い等といったものではない。
 ネスはPSIを使用した。前者はテレパシー、後者は催眠術α。
 テレパシーは相手の心を読み取るものだが、相手の記憶から特定のものを引きずり出すことが出来る。ネスのPSIは個人的にテレパシーは専門外だと思う。あれするだけで頭痛がする。頭痛だけなら別にいいのに、嘔吐もしてくる。しかも長い時間使用不可能。大した情報量も出せるものではない。つまり役に立たない。
 後者の催眠術αは今日始めて使ったから成功した時はちょっと焦った。文字通り相手を眠らせることの出来るPSIの使い方。相手の中枢神経を意識して使用すると相手を眠らせることが出来る。
 そんなことを考えながらネスは刺青の青年に激しくレトロな音がするゲームセンターの中を案内され静かな職員以外立ち入り禁止な場所に連れて行かれ、裏口から少々の機会音がする外へ出た。多分中の大量消費される電気から出る熱を制御しているモーターの音だと思われた。
 乱雑に積み上がっている木箱を流し目で見ながら、ネスの視線は金髪の持ち主に向かっていた。
 刺青の青年はその金髪に耳打ちをした。金髪の瞳はサングラスで覗き込むことが出来ない。何を耳打ちされたか知らないが金髪はちっとも平静さを失わなかった。
 良く見ればそいつはいいところの男性だった。派手な金髪と無精髭。更なる上はサングラスとワインレッドのぶかぶかスーツ。
「へぇ……」
 見たところ三十か。興味あり気にネスを凝視する。
 報告し終わったのか、刺青の青年は裏口にあっという間に消えていった。
「で、」
 ネスは刺青の青年をなんとなく見ていたが金髪の男性が渋く低めの声で喋り始めたので、ネスの視線はそっちへ移った。
「俺の部下がお前に世話になっちまったようだな」
 ネスは何と言って良いか判からず、未だに折れたバットを手に握り相手を睨み付けた。
 相手はその視線に軽く肩をすくめ口笛を吹いてから「それでなんだ。部下がやられちまったからにはその上の上司とやらは黙っちゃいられねえ」
 吹き荒ぶ風がひゅーと乾いた音を立てた。
「俺はフランク。男同士。本気でやろうか」
 物騒な声音で相手は言ってのけた。「――決闘だ」
 相手の両袖口からサバイバルナイフがいとも自然に出てきた。どうなんだこれ、銃刀法違反なんじゃ。
 かく言うネスは折れかけたバット以外に武器と呼べるものを持っていなかった。内にPSIを扱う能力を秘めているが、ネスはそんなことをして解決をしに来たんじゃない。
 喉が、鳴った。
 もうここまで来て後戻りはできない。
「僕は決闘をしに来たんじゃありません」
 あくまでも落ち着いた口調で淡々と言った。フランクは嘲笑った。
「ほう。とんだ綺麗事だな。腰砕けてるだろ。決闘と来たら異論はなしにしてくれよな」
 踏み込む。フランクの右手のナイフの切っ先がネスの眉間に向けられた。後数センチでネスの面が砕かれそう。
「どうして避けない。別に俺はお前の可愛い顔をずたずたにしてもいいんだぜ」
 ネスは冷笑に付し、一回転して折れ曲がったバットを相手の横っ腹にたたきつけた。
 ついに耐え切れずにバットの先端が折れ飛んだが互いに相手から目を逸らすわけにもいかず、バットの先端は消えていった。
「っ!」
 さすが喧嘩慣れしているからか、ナイフはちょっとやそっとじゃ落とさない。相手は顔を歪ませ舌打ちした。
「……やったな」口の端をフランクがわずかに上げた。「おもしれえ。ぶっ殺してやる!」
 険悪という言葉を塗りたくった一言をフランクが吐くとほぼ同時、右手のナイフを下からもぐりこませるように滑らせたかと思ったら、左手のナイフでネスの右腕をそれこそ問答無用で振り下ろす。
 ネスは歯を食いしばって既に元の約半分になってしまったバットで左手のナイフを受け止めた。ナイフの刃が憐れなほどバットにのめり込む。フランクはそのナイフが抜けなくて躊躇したが、直(すぐ)に判断し柄から手を離した。
 バットを堪えて持っていたネスは二歩程踏鞴(たたら)を踏む。それを一視に見、フランクは右手に残ったナイフでまだ体勢が取れてないネスを襲う――もう無理だ。争いごとなんて。反射的に腕で顔を守り顔を強張らせた。
 ……しかしいつまで経っても二撃目が来ない。もう五秒はたっぷり経った。不自然な決闘の空白にネスは目を開けると、大きくて茶褐色で灰色の蒸気を出鱈目(でたらめ)に吐いてキャタピラを雑音同然の甚大(じんだい)な不愉快音で掻き鳴らしている機械が木箱をなんとも豪快に踏み潰していた。
 ……は?……はい?目が点になったような豆鉄砲食らったような顎が外れたような泡を食ったような。ちょ、何事。
「な、なんでおまっ……」
 狼狽えるフランクがその二倍ほどの背丈の機械に近付こうとしているが人間で言うと手に当たるパーツが何らかの仕掛けで伸び縮みしてしかもそれを乱暴に振り回している。
「くそ!何処の野郎だ、スイッチ付けやがったのっ」
「あの、どうかしたんですか?」
 恐る恐るなにやら頑張っているフランクに訊いてみると、彼はあれは俺の兵器だとぼそりと呟いた。どうやら『とんでもない武器を隠し持っている』という話は嘘ではなかったようである。
「ちっ。何を思い余ったか、いきなり暴走しちまった」
「スイッチは……」大元さえきればという単刀直入に訊くとフランクは明後日の方向に視線を流して「それが酷いこって、ぶっ壊れてるんだよな」……。
「ちっ……どうすりゃいいか……」
 決闘は無理矢理休止に入り、フランクは考え込んだ。その間にも出任せな機械の動き方、いつ短絡してもいつ爆発してもいいように見える。
「コアを壊す……」
 一番累卵(るいらん)無し且(か)つリスクが極めて低い且つ快速且つ一瀉千里(いっしゃせんり)且つ他に手立てがないと思われた。
 下手に無茶苦茶にあの機械の図体を削って剥いで止めるのも体力時間共にきつい。いつこのゲームセンターの裏から飛び出して街中に繰り出してもいい具合なのだ。
「フランクさん、コアは何処に?」
 ネスが問うと、フランクはなるほどと相槌を打ちながら「あの頭の突出しているしている部分だ」と言った。
 頭。大雑把に正四角錐の形をしているこの機械の頭。ちらを見ても大した外壁はない。あの頭のてっぺんで蒸気吹いてるところか。だが近付くのも難しいし、万が一近づけたとしても背の高く暴走しているあの機械によじ登ることは不可能に近い。
「でもどうするんだ。今この場にゃ俺たちだけ。ただのおっさんとただの少年の二人だぜ」「大丈夫ですよ」
飛んできた木の破片を慌てて避けながら言っているのでそんなに説得力もないというのは解かっていながらネスは考えた。
「なにか……なにかきっと止める方法が……」
 しかし十二歳の平均通りの知力を持つネスの頭じゃ思い浮かばない。考えているうちに深みに入って何が何だか解からなくなってきた。首を振って・・・そうだ。大変な時にこそ平静を失うことは危険だ。頭をリセットして一から考える。
 暴走の原因が判かれば何か取り組むことが出来そうだけどでも解からないから置いといて、止めるためとそこは結び付けないで、じゃあ唯一のコア破壊の方法。これはどうする。一瞬の隙だけじゃどうにも出来ない。何か大き隙……。……あれ?あの手みたいなのを振り回した後……ラグがある。約二秒……?これ、上手く利用すれば……っ。でもたった二秒に何が出来る?いや、ラグを無視してここから何か投げるのも、って投げる物がないか。じゃあやっぱり近づいてあれを壊すしか・・・壊して爆発しないよね。うん。……。いやそんなことより今は壊す。うん、それしかない。で、どう壊すかだけど。今この場にいるのは二人。そういえばあれ、センサーとかあるんだろうか。
「フランクさん、あの機械」「フランキースタイン二号」「……え?」「……名前」
 仏頂面で彼が挟んだ言葉があの機械の名前だということにしばらく気付かなかった。
「あ、そ、そのフランケンシュタイン二号」「フランキースタイン二号だっ」「あ、そうです。フランケンシュタイン二号をですね、」「……わざとか」
 フランクは溜め息をついて肩をすくめた。「もういいよ、続けてくれ」
「は、はい。あのフランケンシュタイン二号、何か動く物を察知するようなセンサー、あるんですか?」
「センサー?確か、体温を感知するものが正面に――」
 どかっ。フランクの左隣の地面が抉(えぐ)り取られた。
「ふ、フランクさんっ。ナイフ!」言うが早いかネスは役立たずな折れたバットを放り投げフランクの右手に握られたナイフをひったくった。「惹(ひ)きつけて!僕はコアを壊すから!」
 もう敬語なんか忘れた。ネスはさっと機械の後ろに回りこんだ。「ちょ、惹きつけろってなんだよっ」声を引きつらせたフランクの声が聞こえたが、蒸気とキャタピラの妨害音で途絶えにしか聞こえない。けど視界に見える辺りじゃ木箱を盾にして頑張ってる……みたい。
「うわ……」
 ネスは後ろに回りこんで無意識に呟いた。結構複雑な作りだ。外側に無造作に鉄の板が欠の如く打ち付けられているが、その表面の起伏が逆に足掛けになる。
 一足、キャタピラを覆っている所に乗る。結構おんぼろな機械で振動が酷い。うぇ。
 慎重に、時々旋回をするからたまったもんじゃないが慎重に。フランクさんが頑張ってるから僕も頑張らないと。
 フランクの様子を時々見ながらラグという隙を利用しネスは上る上る。後ちょっとだ……。
 その時フランクが無闇に手を二の腕から振り回してネスに何か合図をした。「……し……!」雑音で何か解からないネスにフランクは後ろに目配せした。……後ろ?
「ぅわ……っ!」
 伸縮する右ストレートが順調に行けばネスの後頭部を割るように見事に設定されてるかのように突進してきたではないか。ネスはしゃがみ込んだが人間で言うグローブのようなものが手の質量を拡大させ、範囲の広いパンチのおかげでしゃがんでも……無理。
 ……命の危機を感じた。
 バックステップのように自然に後ろにジャンプし地にダイブ。足にずしりとくる自分の体重と重力に痺れてしまい片目を瞑りながら、その惨状をネスは見た。
 何の手違いか、突進した手はそのまま突起したコアを突き抜けた。破片がフランクの方に飛んだがフランクはこれをしっかりとしたフットワークで避けきった。
 膨大な妨げの音が空気が抜けたような音に変わり、フランキースタイン二号は無様にも自爆という形で動かなくなった。
「……やっぱり」
 何処の部分か判からない部品を拾いながらフランクは呟いた。静寂の中、低音の声がやけに響く。
「こいつ、十分な欠陥品だったんだ。もう長くなかった」
 それから乾いた笑い声を漏らした。「無敵のフランクも、ただのフランクになっちまった。お前の無鉄砲には負けるぜ」
 フランクはいつの間にか帽子の取れていたネスの頭をくしゃくしゃ掻き回した。
 それはごつごつとした大人の男の手、骨張ったその手はネスにとっては少し飢えている感触だった。
 フランクにナイフを返すと、フランクからネスの持ち手から半分バットが手渡された。深く刺さっていたナイフは抜かれていてその後はしっかりと烙印みたく残っていた。
 ネスは折れたバットを見てあーあと大きく肩を落とした。
 峰打ち一発で決まんなかったなぁと自己の勝手な目標を明示し溜め息をついた。
折れたバットは折れ目が危なくどう考えても使い心地は最低ランク、底辺を突き破ってもいい。先端の方は何処かに飛んでいった。探すにしてもフランキースタイン二号の壊れた残骸周辺から探すのは気が滅入るということで諦めて、手元に残ったのは半分。もしかするとバットの先端が飛んであの機械の妙なところにぶつかって暴走したとか……。
 そんなわけ、ないか。





   +おまけなあとがき+

  結構な戦闘シーンが紛れてます。戦闘楽しいけどどうも偏ってしまいがち。
  なるべくそんなことないようにしたいですがねぇ……。まああれですね、腕の見せ所とかいうやつですね。嫌ですねぇ。
   

   
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