No.5 歩み、始め。……最後まで。
ネスの家からオネットへ向かうとまず一番に図書館という建物にぶつかる。ラミエ家とミンチ家は町外れの更に外れだが、図書館は町外れにあった。建物達が立ち並ぶ場所からちょっと並木道を抜けなければいけない。
もちろんそんなところに昼から行こうと思うのは主婦のちょっとした散歩のついでや朝からずっと勉強している賢そうな若者程度で、実に閑散としていた。
押し戸を開けると控えめな音楽とカウンターの女性の「こんにちは」の笑顔に出迎えられた。音楽はバイオリンかチェロか、ネスはクラシックは詳しくないので何の楽器か判からないが、高音が出る弦楽器ぽかった。静かでせいぜい一台二台弾いているような質素な曲だが、図書館で掛ける音楽としてはセンスが良い。最高なバッグミュージックだ。落ち着ける。
長い廊下が延々と続き袋小路には階段がある。右手に小さなカウンターがありその中に女性が暇そうに欠伸をしている。
旅立つ時は地図が必要だとトレーシーが言っていた。わたしがいつも読んでる冒険物は必ず地図が重要視されるんだから……らしい。
「あの。地図って借りれますか?」
こんにちはと挨拶を返してからネスは早速カウンターの女性に本題を出した。
「地図?大丈夫よ。今は地図なら坊やでも約一年は無料で借りられるから安心してね。どんな地図がいい?」
「各町のマップとここ周辺の地図が借りれますか?」
ネスの問いに答えるよりも早く女性はカウンター下を漁り始め更に訊いた。「ここ周辺ってどれくらい?」
「あっ、えっと、イーグルランド全域のほうがいいかもしれないです」
急いで言い直した。もしかしたら結構遠いところまで赴くかもしれない。大は小を兼ねるとも言うし、ネスは大きな地図と各町のマップをありがたく頂戴してジャイアントステップについて少しだけ調べておくことにした。
「ねえ、ちょっと聞いてよ」いきなり呼び止められたのでネスが後ろを向くと「しっ!周りの人に迷惑でしょ」どうやらネスに対しての話ではないらしいが俄然興味が沸く。ネスはこっそり耳を欹(そばだ)てた。
二人の女性が横並びに入館しているところだった。
「それがさ、静かに出来ないのなんの。あの図鑑でしか見たことのなかったマジックバタフライが目の前を飛んでいったのよ。赤くて緑で黄色だったの。近づいた者に安らぎを与えてくれるあの幻の蝶なのよっ」
「解かったから、ほら。静かに」そういいながら応対する彼女の目とネスの目が合い、彼女は苦笑しながらそっと謝意の気持ちを表した。ネスも手をひらひらさせて大丈夫ですよと合図をすると、二人は廊下の奥へと消えた。
それを見やりながらカウンターを通り過ぎ一番近くの個室に『オネットの歴史』という看板が在ったので開けてみると、ちょっと埃(ほこり)っぽい空気とここだけ大気圧が低いような空気が薄いような感じがするのはネスの勘違いかそんな気がしてネスは咳き込む。
本棚や棚がいくつかあった。本棚にはもちろん本が並んでいた。棚には昔の新聞が積みあがっており、昨日の隕石による揺れでか元からか雪崩が起きてるものもある。
大小ばらばらな本が不揃いに並び、図書館が然るべき全て整理整頓の心得はないらしい。あのカウンターの女性は欠伸をして人を待っていたぐらいだからもうちょっと暇な人はいそうなのだが、それかこんな偏狭な地にある図書館だから人が少なくて猫の手も借りたいくらいなのだろうか。思えばカウンターは一人しか居ないと裏を返せば納得がいく。
ネスは気休めだが手を払いながら『オネットの歴史』へと入る。
予想通り、この支離滅裂な空間から目的の物を探すのは一苦労でこれだけでかなりの時間を費やしてしまった。
見つけた時は感無量で斜め読みなんていう生半可な読み方はしないで、一字の抜けもないようにネスは二、三度読んだ。
それはいつかのオネットの地方新聞の小さな記事だった。
オネットの色々なスポットを紹介する記事だった。
ジャイアントステップ。文字通り“大きな足跡”と呼ばれるものがオネットの近くの洞窟を抜けたところにあるらしい。私はそれが本当に巨人が付けたのか、誰かの悪戯か確かめることにした。許可を貰い通行禁止の柵を越え、私は無事に辿り着いたと言えば嘘になるだろう。道中で私は正体不明の巨大な動物に襲われそうになったのだから。しかしジャイアントステップという彼(か)の地は拝見することが出来た。私の身長を二人か三人かそんなにかという巨大な足跡にただ圧巻させられ息を呑む。故意に作るにしてもかなりの労力を費やす、それは完全なる足跡で計算されつくされている。では本当に巨人か?私は二度と行くことがないだろうし、誰も行くべき地ではないだろう。立ち入り禁止は半永久的に存在すべきだと悟った。
大したことは書いていなかったが、ネスは一つ引っかかった。
『道中で私は正体不明の巨大な動物に襲われそうになった』とはどういうことだろう。この記者の思い過ごしで単なる熊とかそういうの……だといいのだが。いや、熊もかなり困るけど。
ネスもジャイアントステップを一目見ようと訪れようとしたことはあった。が、やはりその時も立入禁止と赤字で書かれた朽ちた看板が恨めし気に風に靡(なび)き、有刺鉄線の向こう側の世界を想像することは不可能に近い。木を伝って通れるような場所さえなく入ることはままならない。
斯(か)くながらジャイアントステップに近づくことさえ出来ない。
完全にジャイアントステップは閉ざされた地だった。
さて、どうするかというのが問題だ。我ながら後先考えずに家を出てきただなんて頭痛がする。
図書館を出て、ネスは唸っていた。家に帰るのも気が引けるしなぁ……。
図書館から伸びる道は三つ。東はネスの家へ、南はオネット市街、北西はジャイアントステップがある森。
そう考えてネスはふと思い当たった。
あ……自分で解からない時は相談すればいいじゃん。
ネスは迷わず北西に伸びている道を辿った。
ジャイアントステップ手前、道を外れた林の中の奥。
「あれ?ネスさん?」
案の定、いつもながらトランプやらウノやら麻雀やらお菓子やら散らかり放題だった。
「お、ネスじゃん」「ネスもやろうぜ、ブラックジャック」「それとも野球するか。ネスバット持ってるしな」
今は計四人。この小屋の中にいた。
隠れ家。皆はそう呼んでいる。小さな小屋を見つけて、そこを子供だけの遊び場に仕立て上げたのはいつだったか、気付けばここは本拠地になっていた。
「やっほ。今日は遊びで来たんじゃないんだ」
「じゃあ何しに来たんだよ」
「いや、あのさ。ジャイアントステップに行く為にはどうしたらいいと思う?」
率直にネスは問いてみた。もちろん仲間達は「は?」というような顔だった。
「ジャイアントステップって、あのジャイアントステップか?」
「うん。あの大きな足があるとかいう所」
「なんでそこに行く必要が?見たくなったから?」
「……ん。まあそんなところ」
まさかそこがパワースポットかもしれないんだと言えるはずがない。PSIのことは野球仲間に話したことがないし、話そうとも思ったこともないから。
「乗り越えも回り道も無理だしな。鍵開けるしかないんじゃない」
「でもあそこの鍵、二重だし」
「じゃあ借りればいいんじゃない?役場から」
「借りるって……子供なんかに貸してくれないよ」
「貸してくれる状況作ればいいじゃん。例えばさ……」そう言った奴は天井を見つめながら呟いた。「あのシャーク団止めたら喜んでハイタッチでくれるよ」
「シャーク団を?」ネスは一息ついてから「あの、今好き勝手やってる不良グループ?」
「そうそ」
そう……あっさりと言われても。
フランクと言われるリーダー中心の不良グループ。大した人数ではないけど、ゲームセンター等にいつもたむろっている。リーダーはとんでもない武器を持っているという噂も流れている。こういうのは大抵グループが襲われないようにするために流すとネスは思っているが。
「も、もっと他にないかなぁ」「ない」そんなきっぱり言わなくても。「でも僕達も手助けしようか?といっても僕は勇気ないからもっと別の方法探すけどさ」
「うーん……まあ、いいや」
何だか話がまずくなってきたのでネスはさっさと退散することにした。
だって、人と争うなんて……。
「あ、ネス。これ上げるよ」
出ようと扉を開けたところでネスは呼び止められて後ろを振り返ると、鼻に何かがぶつかった。床に落ちたそれを拾い上げると「これ、御守り?」正直にそのまま訊いてみた。
「うん。部屋掃除してたら見つかってさ。よく解かんないけどジャイアントステップ行けますようにっていう僕からの御守りな」
ネスは視線を手の平に乗る御守りから御守りを投げた仲間へと映したが、既にトランプでブラックジャックをしてお菓子を自ら持ってきた賭けていた。
「……ありがと」
多分、この声は届いてないだろうけど。
「さて、本当にどうしようか……」
また図書館の前に戻ってきてからネスは本当に行く宛(あて)がなくなった。一度市役所に懇願しに行くのも手だし、今日は家に帰って良く考えたりトレーシーやママやチビに相談……は情けない。
なにか昨日ブンブーンが言葉を残してくれてないかを思い出そうとしたが特に思いつかない。行き方教えてくれないと行けないじゃんと死んだ者への悪口は止めておく。
……ん?昨日?別に重要でもなかったけど本当になんかあったような。
「……あ」
つい声が漏れてしまった。
昨日二回目の裏山から帰るときにそう言えば男の人に止められた気がする。あの誰にも理解できないような場所に立ってる建物の中に過ごしてる男の人……。
暇だし、行ってみよう……かな。
深夜だった昨日と比べ現時刻は昼。太陽が燦々と輝き木の葉が影を作る。木の葉でも遮られない日光はネスの帽子を明るく照らす。
赤と緑のボーダー屋根が木々の隙間から見え始めると、その家はすぐだった。
森の中にあるからか周囲にごみはなく、壁の丸太も自然な味が出ている。
ネスは建物の前で大きく深呼吸した。多分大丈夫。ここまで来て引っ込むなんてそれはあまりにもどうかと思うし、何の話か訊いてみたいとは思う。
多少躊躇ったが綺麗な戸を思い切ってノックしてみた。「開けろ」相手をネスだといつ何処で確認したのか、それとも誰でもこんな態度なのか扉の向こう側で投げやりな声が聞こえた。
「お邪魔します」と言いながらネスは戸を引いて思わず足が引く。
スプリングの飛び出たベッドが一番最初に目に入ったかと思うと、次にぶちのめされた床が見えた。一番大きな穴がこの空間の中央にあり、割れた板材の間から暗闇の地下が見える。そこから縄ばしごが吊されている。
それだけだった。
「あ、あの?」静かなこの空間にネスの声は響いた。名前を呼ぼうとしてそういえば相手の名前を知らないことに今更気がついた。
しかし名前がなんだどうだと考えてうろたえるよりも早く相手の返答が聞こえた。
「こっち。下だ」と確かに下から聞こえた。「そこの梯子伝って来い」
無責任な発言をされてネスは絶句したが他にどうしようもないので家に踏み込んだが床が不満気に軋る。鴬(うぐいす)張りを連想させたがいつ床が抜けてもおかしくないという方が現実的で文句が言えない気がし、ネスはその度にひやひやした。
バットをリュックに突き刺すように突っ込み両手を開けて縄梯子の感触を確かめ足から一歩を乗せる。格(こ)は太いので切れることはないだろうが、縄梯子を支えているのがスプリングの飛び出ているベッドと質素なタンスが踏んでる程度で不安。
やがてとんと地に足が着いた。そこは暗澹(あんたん)たるもので、光がないわけではなかった。昨夜会った男の人が持った懐中電灯とこの地下の所々に掛かっているカンテラが明かりを微少出しているくらいだった。
「こっちだ」
彼の道案内と共にネスは地下の乾いた土の上を歩く。
ネスが彼を追いかけると彼は逃げるように奥へと行く。
左右にくねる道を通りその行動を数回繰り返したところでやがてふと彼の足が止まった。ネスも止まると彼はネスのほうを向いて口を開く。
「街の奴は皆、俺のことを法螺(ほら)吹きと呼ぶ。でもね、ネスちゃん」声を低くして「俺は実は既にすっごい宝物があるという証拠の品物を見つけてるんだよ」
「証拠、ですか?」
ネスが目を開いて訊くと彼はそうだと頷いた。
「すぐそこにある。着いてきな」
手にスナップを効かせ彼はネスを奥へと誘い込んだ。
ネスは拳を震わせて後を着いていくと、今までよりも若干明かりが多い通路の行き止まりについた。
ぶるっと背筋に何かが走り足の中に何か小さな虫が無数にでものたうち回ってるような感覚にネスは踵を返しそうになった。
そこには黄金の像が怪しく輝いていた。悪魔のように捻れた角を天に向けて生やし両手を胸の前で交差し逆手で短剣を握った全裸の姿を持ち、その像を支える台座までが黄金色だった。
男の人はそれを貴重品の如く撫でながら独り言のように呟いた。
「こんなものが出てしまったら後はもう時間の問題だ。俺にはここの宝を掘り出すという使命がある。待ってろよ……!」
そう言う彼を見ながらネスはぞっとした。物凄く不気味だと思った。無意識だったのかもしれないが、そうとしか思えなかった。実際は男のロマンというものを一途に追っている、それはそれで素晴らしい生き方だと評価すべき場かもしれないが、どうもネスにはその男の人のねじが抜けたというよりねじが狂った方向に飛び出てるような異様な雰囲気が滲み出ているように感じた。
「どうだ、凄いだろ。これが出たからには期待してもいいよな」
ネスに訊いてる文章だが彼はネスの返答を待たずに一人で相槌を打ち、「さ、俺は元の作業に戻る。ネスちゃんは帰ってくれ」
「え……」自分で呼んどいて帰ってくれって……。もちろん喉でその言葉は痞(つか)えた。
「それともこの像をもう少し近くで見るか?」
見たくもなかったがネスはもう少し近くまで行ってこの像の姿を覚えようと思った。
別にネスに予知の能力があるわけでもないが、どうも嫌な感じしか浮かばない。この先にこの像が腕を広げて立ちつくしその剣で胸を一突きしてきそうな不快感がネスの意識を這う。
ネスより頭一つ小さいその像は綺麗に輝いていると感じるべき黄金の色も、とてつもなく黒めいた“何か”を隠すためのような偽装、見栄にしか思えない。素晴らしく美しい金色とはほとほと無縁にしか見えなかった。
黄金の像は怪しく輝いていた。表情を消したその顔で、ネスは胸辺りに秘めているものを見透かされているような気がしてネスは胸の前で拳を握った。お前のこと、知ってるよ……PSIのこと、いつばらしてもいいんだよ……。そう囁きかけてるように思った雑念を首を振って振り払い、ネスは後退(あとずさ)る。
「あの、僕、そろそろ帰るのでっ」不思議がった男の人の手を振り払って「じゃあ、あの、特別な機会をありがとうございました」
心にもないことを述べて相手が言おうとしたことを一掃し、ネスは早歩きでその場を退避した。
先程彼と鬼ごっこ同然のことをした地下の道を逆方向に進む。
あの像……厄介なことになりそうだった。……気のせいだといいけど。
足をようやく遅めて並足よりも若干遅めで歩く。懐中電灯でぶらぶらと辺りを照らしながら闇の中をネスは歩いた。じゃり……と歩く度に小石や砂が音を立てる。
四方八方の岩肌の凹凸を概観しながら、……聴覚に小さな鈴のような音(ね)が聞こえたような。
「!」
目の端を何かが掠めてネスは反射で身構え懐中電灯を向けた――しかし構えは無意味に終わった。
鱗粉が鼻を擽(くすぐ)った。甘い香りが空間に流れていることを感じた。
同時に懐中電灯はその香りと鱗粉の主を照らした。
「蝶……?」
一口で言えば七色の蝶。複眼的な考察を持ってしても形容はそれしか出来ない気もするが。この世に存在することが珍奇で神秘に至っているような蝶だった。
試しに拳を差し出すとこそばゆい感覚が触れて蝶が降り立った。
心の中がじんわり温まるような感覚がした。単に胃の中にホットなスープが入り込んだような感覚ではない。体の内が多少ながら軽くなったようだった。蝶とネスとの間で何かが疎通したよう。
ネスにはそれが何か解かった。ネスだから解かった。
心に流れ心に従い心で起動し心で動かすPSIの力。
普通の人ならこの蝶を見ると鼻腔に来る香りに首を傾げ、蝶の色をいぶかしむだけで終わるだろう。
さっき寄った図書館で話していた女性だってそうなのだ。見たということをしきりに自慢していたが、ネスだったら絶対人に話そうとは思わない。強いて言うべきではないとも興奮すべきではないものとも思う。ネスは単純に元々この蝶の存在を知っていたような気もするし、それとは別にPSIの力に関することはあまり思い出したくないということもあった。
「迷い込んだのかな……?」
こんな暗い地下に何故蝶が一匹いるんだと訊かれたらその答えしか浮かばない。
ネスは蝶を手に乗せたままゆっくり歩き出した。せっかくだから外に逃がしてやろう。
蝶は羽を時々閉じたり開いたりしているだけで飛び立たず、ネスもそこを気を使わなかった。
梯子を上るのにちょっと苦労するかなと思ったら蝶はネスの肩に添ったので、ネスは蝶を無事に地上に送り届けることが出来た。
一刻太陽から離れた世界から戻るとそこにはやっぱりまた太陽が輝いていて、蝶は鮮やかな鱗粉をネスの肩に残し天高く太陽に向かって羽ばたいた。
それは昨夜のブンブーンが昇天してしまったのを思い出させられて、
ネスは涙が出ないように顔を上に向けたまま目を頑なに瞑った。
+おまけなあとがき+
とうとうネスの旅もとうとう始まりました。だけどまだ3センチくらいしか進んで無くないですか(笑
そういえばここに出てくる怪しい野郎は名乗ってませんな……。
キャラ紹介を見れば判かるんじゃないかな……。なんて他人任せ。酷い。