No.4 歩み、始め。……最後まで。

夢と紙一重のそれは
自我を抗うもの

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 全部が夢のように思えたと言えば嘘になる。
 隕石の欠片……“音の石”がそのことを語っていたし、ネス自身も夢だとは大して思わなかった。
 ただ、もし良かったらあの言い伝えのことはなしにしたいかもしれない。
 戦うということは相手を倒すとか殺すとか言う域の話で、ネスには到底届かないところだ。
 昨日蛇を叩いた時に感じた手への抵抗が、今自分の手を握っても感じれるような気がする。チビの怪我を見た途端に感じた震えは今でも思い出すことが出来る。
 怖い。
 でもブンブーンの遺言がある。地球を救ってほしいと言われたあの遺言。
 何で僕が。何度も呟いた言葉。
 警察とか軍隊とかその辺に任せればいい。僕はただの十二歳の少年なんだから……。
 右手の人差し指の先に意識を集中してみる。光が小さいけれどそこに宿る。
 この力を何度いらないと思ったか。普通に生活して普通に暮らしたい、
 だけど。
 ……僕が頑張らなきゃいけないのだろうか。
 僕が……?僕なんかが……?
 寝返りを打ちながら、明るい外を見やった。

「おはよー」
 目をこすりながらネスは階段を下りると、既に朝食の準備が出来ていた。置いてあった。……ネスだけ。
「……ごめん、ママ」
 少し遅れたどころか、時間帯から見たらもう昼食ですねというような時間だ。遅れてしまって正直に悪いと思って謝ると、ママは笑いながら首を横に振った。少しのラグがあり三つ編みも横に揺れる。
「パン焼くから少し待ってね」
 テーブルの上に置かれていたクロワッサンを持ってママはキッチンへと持って行くと、ネスはテーブルに肘を着いて顎を乗せた。
 どうやってママに切り出そう。旅に出るなんて言ったらママはどう思うだろう。溺愛とまで言わないがママは心配性で、ネスとトレーシーはその中で生きてきた。一人立ちできるだろうかと心配もあった。それに、ネス自身親不孝という言葉が浮かんで来てしまってどうも本当に切り出しにくい。母親は息子の巣立ちに賛成か反対か、全く見当が付かない。別にママはトレーシーがいるしトレーシーはママがいるしパパとは連絡がいつも取れるだろうし大丈夫だろうしチビだってまだくたばんないだろうし、……保証はないけど……。いや、でもオネットのジャイアントステップなんて割りと近場だし、家に帰ってきて夕飯は一緒に出来ると思うし旅という旅ではない。第一、まだブンブーンの言葉を鵜呑みしたわけでもなく、もしジャイアントステップで何も起こらなかったら結局通常通りの暮らしを強いられる。PSIのことをまた隠しながら、隣の家のポーキー達と無味乾燥な日常を送らねばならない。それはそれで……うーん……。
「あー……」
 髪をぐしゃっとしてからネスは机に突っ伏した。頭の中がぐちゃぐちゃして熱を持っている気がして、ネスは次に伸びをして天井を仰いで背伸びをしながら深呼吸をした。だからって頭の中が整理されてきちんと棚に整理すべきことが並んだわけではないが、とりあえず朝食を食べようと思える余裕が出来た。
「はい、クロワッサン焼けたわよ」
「ん。ありがと」
 ネスはこの熱々焼きたてクロワッサンが特別大好きだ。クロワッサンというのはふわふわしてるし、ほんのりと香るバターの匂いが鼻腔を擽(くすぐ)るとネスはとても幸せになる。このときも例外ではなく、ネスはちょっぴり幸せになった。まだ昨日のブンブーンのことや冒険の話のことを抱えていたけれど、一瞬だけ忘れることができた。
「あ、そうそう」ぱっとママは明るい声を出してエプロンのポケットから茶色い封筒を取り出してひらひらさせた。「これ、パパからネスに」
「?」クロワッサンを口に詰めたまま首を傾げる。「……あ、クレジットカード?」
 ママは何も言わないで「開けてみて」と言ってネスに渡す。
 のりで頑丈に密封されており、ネスは慎重に封を切る。
「お、開いた」
 意味も無く呟いて封筒を覗いてから取り出す。
 ネス名義のカードと。小さな白い紙切れ一枚。
「何だろ、これ」
 口内にあったクロワッサンを飲み込んで呟く。
「パパからの手紙じゃないかしら?」
 紙切れには達筆で『ネス、元気か?ネスにいつも迷惑かけてすまないな』。
 手紙、みたいだ。
「パパったら……」
 懺悔の言葉しか書いてない。人が良いパパらしいけど。
「ママ、これどうしたらいい?」
 カードをママに提示する。まだカードを持ち歩こうとは思わないネスは素直にママにカードを渡そうとするが、「ネスが持ってなさい」と柔らかい声で返された。
「え、でも僕まだ子供だし」「子供でも、我が家は関係ないのよぉ。自己管理自己責任」
「……でも」
「ネス」
 諭された。
 仕方なくカードはテーブルの机に置き、朝食を開始する。
 クロワッサンを頬張っていると、ママが静かに声を掛けてきた。
「……ねぇ、ネス?」
「ん?」
 口の中にあるクロワッサンの生地を噛み締めながらネスは端的に返した。
「夕べ……なにかあった?」
 少し訊き辛そうにママはネスに尋ねた。ネスは反射的に少し背筋を伸ばした。す、鋭い。
「う、うん……」
 断定も否定も出来ずネスは曖昧に答えた。
 しばらくネスの口が止まりネスもママも黙り込んで気まずい沈黙が流れた。トレーシーもチビも今この場所にはいない。散歩でもしてるか、又はトレーシーは部屋に閉じこもって本でも読んでるか、チビは家の外で昼寝でもしてるのかもしれない。 「……なにか相談事があるなら、いつでも相談に乗るからね?」
 そう言ってママはネスに背を向けて「ちょっと買い物行ってくるから、お留守番よろしくねぇ」と鞄を提げて今まさに出かけようとしていた。
「――ちょっと待って!」無意識にネスはママを止めていた。「あ、いや、ちょっと、」自分でも良く解からず言い訳みたいなものをつらづら並べてから、
「あの、僕、これから家にあまりいなくなると思うんだ」と咄嗟に自分でも理解し難い言葉が口から飛び出た。
 慌ててぽかんとしているママをしっかりと見つめながら言い直した。
「僕、旅に出たい。ひょっとしたら勘違いで終わるかもしれないけど」
 しばらく静寂だったが、目を見開いてネスをじっと見ていたママの顔が綻(ほころ)んだ。そしてあっさりと言ってのけた。
「いいわよぉ」
 理解するのにたっぷり二秒は掛かった。
「……え?」もう一度念を押して訊いてみた。「いいの?悪くないの?」
「もちろん。息子の旅立ちを喜ばない親なんていないのよ。可愛い子には旅をさせよなんてよく言う言葉だしねぇ。ネスも今ぐらいからちょっと親元を離れるのが丁度いいのよ。それに昨夜も言ったでしょう。何も言わなくてもままは解かってるつもりよ」  そういうママの目が少し悲しげに見える気がしてネスはもう一度尋ねた。「本当に、いいの……?」
「何度も言わせないのっ」声は優しかったが少し唇を尖らして「じゃあ、行ってくるからぁ。トレーシーには断ってからネスもいってらっしゃい」
 薄く笑うとママは二つある三つ編みを揺らして相変わらずのスキップで買い物に行ってしまった。
 ネスは大きく息を漏らしながら「ママだなぁ」と呟いてクロワッサンに再び齧(かぶ)り付いた。

 ネスはトレーシーに用件を言うと、ママと同じようにあっさりと賛成してくれた。ついでにネスが旅立っている間中、トレーシーはネスの持ち物を預かると申し出てくれた。
「家にいるだけなんてつまらないもの。何か役に立てることをしたいし。今丁度バイト悩んでたんだけど、決めた。運送業する。大丈夫よ、前から考えていたことだし」
 その用件にネスは甘えることにして、改めて決意を固めた。
 出よう、旅に。

 黄と青の縞模様のTシャツを着込みボトムスは紺の半ズボン、白い靴下を履き、音の石や前夜世話になった懐中電灯、パパからのキャッシュカードやクッキー等非常食を入れたベージュのデイパックのリュックを背負い、赤いベースボールキャップの青色の鍔(つば)は右に向けて被って、文句のつけようのないいつもの“ネス”として、
 PSIの謎を求める“ネス”として、
 ブンブーンを信じるか否かを考える“ネス”として、
 自分を見つめる“ネス”として、
 ネスは自らの家の玄関の戸を開けた。
 一応今日は帰ってくる予定だけど、平素通りには過ごさない。
 肩にバットを引っさげて、ネスは旅立つ者になった。
「行ってきます」
 これが、第一歩。





   +おまけなあとがき+

ネスの貴重な旅立ちする話だというのになんていう短さ(泣
頑張ればもうすぐ色んな箇所で長く出来そうです。頑張りません。
さて。そろそろ本格的になり始めてもないネスの旅。
ネスを応援しつつも筆者の書き上げスピード上昇のために応援して下さい。
フレー!ネス!フレー!チイか!
   

   
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