No.1 あるよるのこと

今この瞬間は無駄か?
今から開けるべき扉の鍵を
受け取る大事な瞬間なのに

*****

 過度な衝撃でネスは夢から引き戻された。
 目を開けると白い天井がうっすらと見える。今は真夜中。天井に吊るされている小さな電球が相応の小さい光を出しているだけで若干心許無い。
 地震・・・だろうか。大きい直下型?地震ならの話だが。
 ネスはベッドの上から転がるように下り、部屋を見渡した。
 特に目に入る物に酷い損傷はない。別にそう大事でもない本が本棚から落ちたり、全くもってよく解からない小さな頃に集めた何かのコレクションだろういびつな石が元いた場所より少しずれている程度だ。心許ない明かりだけで見ているのであるが、それが判からないことはないのだ。
 特に何もなかった部屋は一応どうでもいいのでネスは家族が無事かを確かめることにした。
 逆立つ髪を撫でながら広くも狭くもない部屋を後にし、薄暗い廊下の明かりをつける。最初は目が俄かに明るくなった部屋に慣れず瞑る。目を閉じている暗闇の世界で目眩を感じなくなった頃にゆっくりと目を開ける。
 数歩歩いて右手にネスの妹のトレーシーの部屋がある。明かりがついているので起きているということと電灯を点ける余裕があり無事だろうということを認識した。
 扉をノックして呼びかけようとした時。
 ――サイレン?
 警察のパトカーのサイレンだ。数台分の音が不揃いに聞こえる。それと人の騒ぎがかすかに聞こえなくはない。
 少し不安になった。何か悪者でもこの平和で田舎なオネットに来たのだろうか?明日のニュースで真っ先にこの町出るのかなこんなド田舎がと少し変に自分の中で盛り上がった。いやいや今は家族だと首を振って再度ノックを心がける。
「トレーシー入るよ?」
「お、お兄ちゃん?」
 明らかに脅えた語調で声が聞こえた。ノブを回すと目にピンク色の世界が飛び込む。野球が大好きでバットやボールが転がっている兄の部屋と違い、ぬいぐるみやなにやら秘密めいたノートがある、まさに女の子らしい妹の部屋である。
 丁寧に片付けられた部屋は今、酷い有様に涙流しているトレーシーが……もちろんいるわけがない。せいぜい毎朝七時に主人を起こす目覚まし時計が前のめりに倒れている程度で、トレーシーはその時計を直しながらさっきの脅えた口調なんて少しもなかったように、 「お兄ちゃんも今の音で目が覚めちゃった?」
 とつんと澄まして言った。カナリア色のふんわりとした天然パーマのセミロングな髪を微小揺らす。頭の上には赤いリボンがちょこんと蝶々結びされていて、垂れたリボンが彼女の腰辺りまである。彼女は向日葵色の寝巻きを着ていた。
 トレーシーは人に弱みを見せるのが好きではない。これはどう考えても少し間が抜けたというかどこかが欠落していつでもお気楽モードな母親のせいであると思う。子供がつい手を出してしまうような部分が少し外れているのだ。ということで結局子供がしっかりすることになる。そしてそういう母親を見てきて子供たちは自分がそんなことにならないようにと心掛けるわけであり、ある意味母親がいい見本になているのだ。
 ネスがさっきの問いに頷くと、トレーシーはだよねと言った。
「お兄ちゃんがこんな時間まで夜更かししてるはずないもんね」
 それははて、兄がしっかり者だと言っているのか寝ること食べること遊ぶことしか考えない兄として言ってるのか定かではない。ちなみにネスは後者で取った。兄であるネスより妹のトレーシーのほうが精神的に賢いとネスも薄々感じているし、確かに寝ること食べること遊ぶことは嫌いではないからである。
「ま、無事ならいいや」
 ネスはそう呟き、トレーシーの部屋を後にする。
 また廊下に出ると、ネスは部屋に戻らずそっちとは逆方向に足を向ける。U字型の階段をぺたぺた裸足で下りるとリビングに辿り着いた。
 蒲茶(かばちゃ)色のフローリングもまたぺたぺた歩き始めると母親の姿がすぐに目に入った。まあ、所詮なぜか八足のテーブルと椅子が四脚、黒電話と風変わりな母親が気に入って寝ている白い軟質なソファぐらいしかないわけなのだから探すのはそう苦労もいらず、金色の髪の母親は当然この空間で浮く。
 寝起きで髪の毛が爆発しているが母親はそんなことを気にしてない。元々はふんわり至極自然としたパーマに、三つ編みをお下げスタイルで腰辺りまで垂らしている。トレーシーの髪の毛はママと似ている。まさに親譲り。
「あら、ネスちゃん!」「ママ」すぐに呼び返すとママはぎゅっとネスを抱いた。「ネスちゃん大丈夫?」「へーきへーき」苦笑しながら母親に応じた。
「それよりお母さんは大丈夫?ソファから落ちたりしなかった?」
 別にソファから転がり落ちても笑顔を絶やさないでいそうな母親にだが一応訊いておく。
 母親はあらそんなこと?と軽く答えた。「そっちはいいんだけど」
 なにやらもったいぶった文章の完結の仕方をして、
「チビがねぇ。ちょっとつらそうっていうかやっぱり地震の前の電波だとかそういう微妙なのに敏感なのかしら」どこの噂の聞きかじりだそれは。
 チビというのはこの家にいる犬のこと。毛が豊富にあり、目が見えてるのか知らないが見えていることに間違いはない路線。ビアデッド・コリーという犬種で、横に長い体を持ち、素早い動きで幼いネスを時々窮地に立たせたりもした。でもそれは本当に昔のことで、大きくなり今が育ち盛りのネスを歳をとり散歩で散走を行うこともめったになくなった。むしろないに等しくなりかけている。
 そんなムク犬なチビはママが寝ているソファのすぐ近くで丸まっている。そのチビがぼそっと呟いた。
「あれ、ネス?君も起きたのか」
 もちろんチビが本当に喋っているわけではない。ネスにはそう聞こえるのだ。
 チビは疑問文を投げかけてきたのに答えは待たずに言葉を続けた。「犬も人も夜は寝ろよ。というわけで俺は寝るから。くれぐれも五月蝿くしないでくれよ」
 ネスは肩をすくめた。「問題はないと思うよ」そう母親に答えを出すと、ママは安堵した。「そ。それならいいんだけど」
 そこで話は切れたため、ネスはおやすみと言って上へ上がろうとした。
「まさか外へ様子を見に行こうなんて思ってないでしょうねぇ?」
 うかがわしいと言った視線を投げかけてママはネスを止めた。
「え?何言ってるのさ」……バレた。
 さすがに十二年片時も離れない我が子のことなんて悟るのは簡単なのだ。
「……解かったわ。どうせママが止めても部屋を抜け出すんでしょうからね」大きく溜め息をついて「せめてちゃんと着替えてから行ってらっしゃい」
「ほんと?!」
 そう言ってからネスはしまったと口をつぐんだが遅かった。ネスは隠し事をするのは得意ではないみたいだ。
 ママは微苦笑してほらほらと煽った。その好意にネスは甘えることにしてぺたぺたと自分の部屋に引き返す。
 ネスの姿が見えなくなってからママはもう一度溜め息をついた。
「全く……あの好奇心旺盛なところは誰に似たんでしょ」

「よし、バッチリ」
 黄と青の縞模様の半袖を着て半ズボンと白い靴下を履く。ベージュのリュックを背負い、赤いベースボールキャップの青色の鍔(つば)は右に向けて被って、文句のつけようのないいつもの“ネス”だ。夜なので懐中電灯を常備する。ひょろ長い銀色の懐中電灯で、万が一の時に備えて各部屋に一個ずつあるのだ。
 とんとんと階段を駆け下りて玄関で赤い、少し泥で汚れたスニーカーを履いて、玄関にまで迎えに来たママに呼びかけた。
「行ってきます」
「気をつけてね。なるべく早く帰るのよ。なんなら、チビでも」「いいよ。チビは寝たいだろうし」
 さっきチビが言った言葉を思い出しながら母親の言葉を遮った。老人の癇癪(かんしゃく)は結構迫力があって怖いので、余計なことはしないで寝かしたほうがいい。
 再度「行ってきます」と言って扉を開けると、家にいた時よりも明白にサイレンの音が聞こえた。懐中電灯にスイッチを入れると大したことない丸い明かりが、いささか頼りなさ気に点(つ)いた。
 ネスの家の領域から一歩外に出れば不親切なでこぼこ道へと出る。田舎で町外れなこの道は舗装なんて知らん顔である。悠長に構えるこの道に、ネスは小さい頃から何度泣かされたか、既に両手の十本の指では数え切れない。
 その子供泣かせの道を少し辿るともう一軒家がある。それだけであって、この道は本当にそれだけのためにある。街灯さえも無い。
 この辺は家は二つある。なんでわざわざ隣に立てる必要があるのかというくらい仲はお互い良くはない。そもそもネスの家はそのお隣の家の領主にお金を借りてしまってるわけである。……監視目的疑惑浮上。
 この辺は家が二つしかない。はずだが知らない人が結構いて、とかく得手勝手に喋っていた。この騒ぎに便乗してる所謂(いわゆる)野次馬だろう。耳を澄ますと不明瞭な情報しか出回ってないようなので、ネスは家の前にある不親切であり唯一のでこぼこ道を封鎖している警察官の人に訊いた。
「あの、何が」「い、隕石がおち、おち、落ちたくらいでぱ、パニックになるんじゃない。は、はやく、自分のおうちにかえ、かえ、かえ、帰りたいよぉ!」いきなり早口でまくし立てられ、いきなり泣かれてしまった。ネスが話しかけたことで自分を抑えてた箍(たが)が外れたのだろうか。ずいぶん脆い箍だなと思いながらネスは再度声を掛けたが全く相手にならないのでもう一人の人に声を掛けようとして、
 は?隕石?あの、宇宙から降ってくる、石?
 ……嘘だ。ものすごく日常とはかけ離れたことなので、ネスは第一にそのことを否定する事しか思いつかなかった。だって隕石って……隕石なんて……。先の続かない否定をし続けながらも、これでオネットがかなりの脚光を浴びるかもと思ってしまった。……まあ別にオネットが好きでも嫌いでもないわけだからどっちでもいいけど。
 強引に心中の話を終わらせて、改めてもう一人の警察官に訊いてみた。
「あの、隕石が落ちたって本当ですか?」
 第一声の時点で普通に振り返ってくれたのでネスはほっとした。ちゃんと答えも返ってきてもっとほっとした。
「ああ。どうやらこの山の上に落ちたらしいが」「ありがとっ」場所をすぐに聞けてラッキー。すぐさまネスは足を動かして坂を上っていく。後ろから「だからって行こうとするなよ?そもそもそういう処理しなきゃいけないのはこっちでこっちの仕事がドンドン増えるだけなんだからな、そもそも隕石が落ちるだけでも夜間出張みたいな気分で迷惑だし、町ではシャーク団の連中が暴れてるし、お前らみたいな子供がうろうろするし、腹はペコペコだしなぁ全くぶつぶつ」途中からかんっぺきに愚痴に入ってる。
 まだらに木がある裏山をこそこそとネスは歩いた。この裏山はそれなりに複雑で頂上まではそう高くないものの、そこまでたどり着くのにはかなり時間が掛かる。が、ネスは物心がついた頃からここの子供だった。少々危険だが裏ルートだって知っている。そのルートでは頂上まではいけないが、かなりの時間短縮である。
 懐中電灯の明かりを消してポケットに入れようかと思ったが、足を曲げた時なんかにポケットの容量が極限に小さくなって懐中電灯が押し戻されて落下して、それを拾いに行かなければならなくなって結局振り出しに戻るなんてことが目に見えていたので、明かりを消して口に銜(くわ)えておいた。
「よっと」
 木の枝に手と足を引っ掛け、崖との間を上手に行き来して上っていく。
「よっと」
 何回目かの「よっと」で頂上に着いた。――けど。もうすぐで頂上が見えるというところで警察が厳重に警戒していた。口から懐中電灯を外して明かりを点けたが数人いる警察官の人が立派なライトを各自所持していたので、ネスの懐中電灯は大した役割を果たさなかった。
「あっちゃ。やっぱ無理か……」
 十二歳のネスが背伸びしても大した効果は得られず溜め息をついていると、聞き慣れた声が聞こえた。気がした。願わくば、どんなシーンにネスが立っていようともあまり会いたくはないランキングの上位にいる奴じゃあないか。
「おい、けちけちすんなって。俺様を何処の誰だと思ってんだよ。ミンチ家の長男だぞ!あの!ミンチ家の!」
 金髪は金髪でも日陰に咲いた、美味しそうに蜜をすするような超や蜂は一匹も寄り付かないといった感じのつややかさ。伸びきった髪の下で輝く目が完全に目が怒ってる。見たとおり問題児である。
「あ、ネスじゃん」目敏(めざと)いですネ。「野次馬は警察の皆さんの邪魔になるんだぞ。お前、もう家(うち)に帰れよ」  今来たばっかりなのに?胸中で毒づきながらネスは膨れっ面になって反抗した。
「ポーキーこそ家(うち)に帰ったら?よっぽど警察の邪魔じゃないか」「ばぁーか。ネスには権力と金がないから俺には何にも言えねえんだよ無理なんだよばぁーか」
 一方的な物言いにネスはかちんと来た。「なっ……」でもすぐに言葉が浮かばず口ごもると、ポーキーは口の端をあげて不敵に笑った。
「謎の隕石のことならこのポーキー様が明日詳しく教えるからさ」
 勝ち誇った笑みのまま、ポーキーはネスの左肩甲骨(けんこうこつ)の少し下を右手で軽く突いた。
「俺はいいけどお前は邪魔になってるんだよっ。じゃあな、負け犬っ」仕上げにあっかんべをして、またポーキーは警官を押しのけようと獅子奮迅し始めた。
 ネスはしばらく呆然としていたがさっき突かれた所が妙に響いて残っていた。
「つっ……」あいつ、心臓に響くところを叩いたな……。
 少し呼吸を肩でしながら、ネスは少しずつポーキーと話した場所から、隕石が落ちたといわれた場所から離れた。今日はもういいや。馬鹿らしくなってきた。
「あ、ネス君。良いところに」
 いきなり背後から声を掛けられた。よく町外れの二件周辺にも見回りに来る警察官がネスにここぞとばかりに話しかける。 「それがさ、ポーキーをなんとかしてくれないか。五月蝿くて困ってるんだ」
 なんでポーキーの暴走押さえつけというそんな役回りを僕が。「お前ら友達なんだろ?」……なるほど。友達ねぇ。
 ネスが落胆して首を振ると、警察官の人は意外そうな顔をした。そしてすぐさま言い直した。
「友達じゃなくたって、家が隣同士なんだろ?頼むよ!」オネットの警察には人に対して思いやりを持ってる人はいないのだろうか。
 一生懸命懇願されたが、警察の方には(本当に)悪いが断っておいた。
 今日は本当にどうでもいいやと思い、ネスは帰ることにした。寝ようそうしよう。一人でブツブツ呟きながらショートカットを通って帰路につく。見慣れた二つの家がやがて見えた。左は大層大きい。それに比べて我が家は小さいが、それに関して文句を言った覚えは一度もない。小さいったって隣が大きすぎるのであって、この家は元々十分な大きさだ。
 その家の前に、二つの三つ編みを揺らした母親が待っていた。
「おかえり、ネス」
「ただいま」
 そんな残念そうな顔をしたつもりでもないが、ママはネスの頭を帽子越しに撫でた。
「何も言わなくてもママは解かってるつもりよ。今日はもう遅いから寝なさい」
「うん、そうする」
 ママは少し間が抜けたというかどこかが欠落していつでもお気楽モードな人ではあるが、こういうところは誰にだって勝てやしない。世界で一番、ネスやトレーシーのことを考えている人。
 ネスが薄く笑うと、ママも微笑した。
 そんな感じ。





   +おまけなあとがき+

   ネスの年齢って11の説と12の説があるんですが、もろ12でこのお話は進んでます。トレーシーは二つ下の10歳ですね。
   ママとパパの名前が判かりませんので判からないままで通しましょう(爆
   ママとトレーシーの外見はドットしかない為、自己判断の領域内と思ってください。
   ところでネス、学校はどうした。おい、学校ないのか!?学校についてどうなんだ、がkk(ry
   ってことで誠に勝手ながら幼稚園あるのに学校なし設定・・・。
   後、チビはこんなかっこよくないし一人称「僕」です。何故かこんなキャラに固定されました。


   
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